埼玉の雑学・豆知識を、地名の由来や名物、人物、祭りの「なぜ?」から集めたページです。さいたま市はなぜひらがななのか、浦和に海がないのになぜ「浦」がつくのか。県や市、博物館の資料と公的な記録にあたって、言い伝えと事実を分けて解説した57本の記事を、8つのテーマに分けて紹介します。
このカテゴリーで読めること
- 埼玉の地名や県名、市名の由来と、決まったときの記録(さいたま市の公募1位は「埼玉市」だった、など)
- 太田道灌、塙保己一、渋沢栄一、荻野吟子、本多静六など、埼玉ゆかりの人物の生涯と、いま訪ねられる記念館
- 草加せんべい、川越いも、東松山のやきとりなど、名物の始まりと「伝説」の本当のところ
- 川幅日本一、武甲山、長瀞の岩畳など、地形の雑学
- 秩父札所の午歳総開帳など、いま見に行ける行事の歴史
地元の話のネタにも、観光に出かける前の下調べにも使えます。寺社や記念館を扱う記事では、見学の時間や行き方もまとめています。
よく読まれている記事
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埼玉が全国1位のものを、統計の数字で確かめた雑学の定番 - さいたま市はなぜ「ひらがな」?|市名が決まるまでの経緯
合併の公募から市名が決まるまでを記録で追った1本 - 「ださいたま」は誰が言い出した?埼玉ディスの歴史
「ださいたま」の由来と、埼玉ディスの歴史 - 草加せんべいの由来|「おせんさん」伝説は本当か
名物の由来と伝説の真偽を分けて読める1本 - 日本一の川幅はなぜ鴻巣に?|荒川2537mの理由
「日本一」の数字の裏にある川幅の決まり
テーマから探す埼玉の雑学・歴史
県の成り立ち・地名の由来・県民性
埼玉に住んでいても意外と知らない「埼玉そのもの」の雑学です。県の誕生日、市名や漢字、愛称が決まった経緯を、当時の記録から確かめています。
- 埼玉県の誕生と歴史|入間県・熊谷県と県庁が浦和の理由
明治4年に生まれた埼玉県は東半分だけで、西には入間県がありました。県庁が岩槻ではなく浦和に置かれた理由まで年表でたどります。 - 埼玉県民の日はなぜ11月14日?|学校が休みになる理由と無料施設
11月14日は明治4年に県が誕生した日。県民の日に学校が休みになるしくみを、条例と学校の規則から説明しています。 - さいたま市はなぜ「ひらがな」?|市名が決まるまでの経緯
合併の公募で1位だったのは「埼玉市」。それでもひらがなになった5つの理由を、2000年の合併協議会の記録から読み解きます。 - 「埼」の字はなぜ常用漢字じゃなかった?|2010年まで表外字だった県名
「埼」は2010年の常用漢字表の改定まで常用漢字ではありませんでした。都道府県名の字が例外として加わった経緯がわかります。 - 「彩の国」はいつから?|埼玉の愛称が決まるまで
愛称「彩の国」は1992年の県民の日に、全国21,275点の応募から選ばれました。「ダサいたま」のころのイメージアップ策としての誕生です。 - 「浦和」の地名の由来|昔はここに海があった?
海のない埼玉の「浦和」に、なぜ「浦」の字がつくのか。3つの説と、縄文時代に海が台地の下まで来ていた貝塚の証拠から考えます。 - 埼玉と東京の県境はなぜ入り組む?|練馬区の飛び地と荒川のずれ
ギザギザの県境は、江戸時代の村境と荒川の付け替えのなごり。新座市に囲まれた練馬区西大泉町の飛び地も紹介しています。 - 浦和と大宮はなぜ仲が悪い?|対立の150年史
対立の始まりは明治2年の「大宮県」。何度も消えた「大埼玉市」構想と、2001年の合併後に続いた市役所の位置の議論まで。 - 埼玉に多い名字|「新井」さんの数が日本一なのはなぜ?
全国の新井さん約19.9万人のうち約7.3万人が埼玉に住み、秩父市では8人に1人。多い名字のランキングと由来です。 - 「ださいたま」は誰が言い出した?埼玉ディスの歴史
「ださいたま」を言い出したのはタモリ。1981年のラジオから『翔んで埼玉』、県の反撃までを順に追っています。 - 実は埼玉が日本一のもの20選|アイス・中華めん・ひな人形
アイスクリーム、ひな人形、ゆりの切り花など、埼玉が全国1位のもの20個を、2位の県との数字の差まで政府統計で確認しています。
古代の遺跡・寺社・祭りと伝説
古墳や横穴墓、武蔵一宮、秩父の祭りと札所まで、言い伝えと記録に残る事実を分けて書いています。
- さきたま古墳群の謎|鉄剣115文字とワカタケル大王
稲荷山古墳から出た国宝・金錯銘鉄剣の115文字には何が書かれ、なぜ日本の古代史を書き換えたのか。残る謎も整理しています。 - 吉見百穴は誰の墓?|コロボックル住居説と明治の大論争
古墳時代末期の横穴墓219基。明治に坪井正五郎が唱えた「コロボックルの住居」説と、墓説との論争を紹介します。 - 氷川神社はなぜ「武蔵一宮」?|「大宮」の地名の由来と初詣
延喜式の名神大社であることや一宮をめぐる記録の違いから、「武蔵一宮」と呼ばれる理由と「大宮」の地名の由来を解説。 - 氷川神社・中山神社・氷川女體神社は3社で1つ?|見沼の説
大宮の氷川神社、見沼区の中山神社、緑区の氷川女體神社は、もとは3社で1つだったという説。確かな点と不確かな点を分けています。 - 見沼に竜がいた?さいたま市の伝説と見沼代用水の歴史
干拓に来た井沢弥惣兵衛の前に竜神が現れた伝説と、1728年に完成した見沼代用水の史実を年表で並べ、ゆかりの地6か所を紹介。 - 秩父夜祭はなぜ12月?|350年続く理由と「妙見さまの逢瀬」伝説
秩父夜祭が12月なのは、もとが旧暦11月3日の祭りだったから。囃子を止める「諏訪渡り」や絹大市との関係もわかります。 - 秩父札所はなぜ34か所?|日本百観音と午歳総開帳
西国・坂東は33か所なのに、秩父だけ34か所の理由。日本百観音をそろえるための1か所と、2026年の午歳総開帳(11月30日まで)。 - 妻沼聖天山はなぜ国宝に?|庶民の寄付で建った「埼玉日光」
歓喜院聖天堂は庶民の寄付で約25年かけて建てられました。日光東照宮との比較と、奥殿の彫刻の見どころです。
埼玉ゆかりの人物
室町時代の武将から令和のノーベル賞受賞者まで、埼玉で生まれ育った人、埼玉で活躍した人を時代順に並べました。生涯だけでなく、いま県内で訪ねられる記念館やゆかりの地も紹介しています。
- 太田道灌とは?|川越城・岩槻城と山吹の里をたどる
【室町】江戸城を築いた武将は越生生まれと伝わり、父と川越城・岩槻城を築いたとされます。山吹伝説の真偽と、県内でたどれる場所。 - 塙保己一とは?|ヘレン・ケラーが目標にした本庄の学者
【江戸・本庄市】7歳で失明しながら、約40年かけて『群書類従』666冊を完成させた国学者。ヘレン・ケラーが目標にした理由も。 - 渋沢栄一の生涯と深谷|生家・記念館の巡り方
【明治・深谷市】約500の企業と約600の社会事業に関わった実業家。藍玉商いの少年時代と、生家「中の家」など深谷のゆかりの地。 - 荻野吟子はなぜ医者に?|熊谷出身・日本初の公許女医
【明治・熊谷市】願書を2年間受け付けてもらえなかった壁を越え、日本初の公許女医に。入館無料の荻野吟子記念館も紹介。 - 本多静六とは?|日比谷公園と4分の1貯金の久喜の偉人
【明治〜昭和・久喜市】日比谷公園を設計した「日本の公園の父」。給料の4分の1を貯める天引き貯金の計算例もあります。 - 埼玉ゆかりのノーベル賞受賞者5人|出身・在住・拠点
【現代】東松山市出身の梶田隆章さん、志木市在住で2026年化学賞の硤合憲三さんなど、埼玉ゆかりのノーベル賞受賞者5人。
近代の出来事と、鉄道・空・大きな施設
明治から平成にかけて、埼玉の姿を変えた出来事や施設の「なぜ」です。
- 秩父事件とは?|1884年、農民が蜂起した理由
生糸の暴落と高利の借金に苦しんだ秩父の農民が、1884年11月1日に蜂起した理由。4つの要求と10日間の経過をたどります。 - 大宮駅はなぜ巨大ターミナルに?|「鉄道のまち」の始まり
最初の鉄道が通ったとき駅すらなかった大宮が、熊谷との分岐点争いを経て東日本の玄関口になるまでの140年。 - 所沢はなぜ「航空発祥の地」?|日本初の飛行場と滑走路跡
1911年に日本初の飛行場が開かれたのが所沢でした。代々木の初飛行との違いと、いまも歩ける滑走路跡を紹介。 - 武蔵野線はもともと貨物線?|東京を避けて走る理由
武蔵野線は都心を通らずに貨物を流すバイパスとして計画されました。開業時は日中40分に1本だった路線の50年。 - 深谷駅はなぜ東京駅にそっくり?|レンガと渋沢栄一の関係
渋沢栄一らが深谷に作った日本煉瓦製造の煉瓦が、東京駅丸の内駅舎に使われた縁。工場が深谷に置かれた理由もわかります。 - さいたま新都心はなぜできた?|操車場跡に国の18機関
国鉄大宮操車場の跡地に、国の18機関・約6,800人を移してつくられた街。1989年の移転決定からの年表付き。 - 首都圏外郭放水路はなぜ造られた?|地下神殿と見学のコツ
大河川に囲まれた「お皿のような」低地を浸水から守るため、1993〜2006年に造られた地下放水路の規模と役割。
山と川がつくった地形
秩父の山と荒川の流れが生んだ、地形の雑学です。
- 武甲山はなぜ削られている?|秩父のセメントと山の形
約3億年前のサンゴ礁がもとの石灰岩が、1923年から削られてきた理由。1,336mから1,304mへ変わった山頂の高さも。 - 長瀞はなぜ「地質学発祥の地」?|岩畳ができた理由
1878年にナウマンが最初の巡検に訪れた「日本地質学発祥の地」。地下20〜30kmで生まれた岩が岩畳になるまでの4つのステップ。 - 日本一の川幅はなぜ鴻巣に?|荒川2537mの理由
鴻巣市と吉見町の間の荒川は川幅2,537mなのに、水の流れは約30m。堤防の間で測る川幅の決まりと、横堤の役割を解説。
町並みと伝統産業
蔵の町、鋳物、足袋、人形、植木、盆栽。いまも町の顔になっている産業が、なぜその土地で育ったのかをたどります。
- 川越はなぜ「小江戸」?|蔵造りの町並みが残った理由
「小江戸」の呼び名が初めて出てくるのは大正2年。蔵の多くは明治26年の大火のあとに建てられたことがわかります。 - 川越「時の鐘」はなぜ400年近く続く?|大火と再建
酒井忠勝の創建から、焼けるたびにお寺の鐘を借りた変遷、明治26年の大火後の再建まで。鳴る時刻は6・12・15・18時。 - 川口の鋳物の歴史|キューポラの街と聖火台の物語
荒川の砂と江戸への舟運に支えられた鍋釜づくりから、キューポラが並んだ最盛期、東京五輪の聖火台誕生まで。 - 行田の足袋はなぜ日本一になった?|『陸王』の舞台になった町の300年
明治にミシンと電気で工場化し、昭和13年には全国の約8割を生産。いまも約80棟残る足袋蔵を紹介しています。 - 岩槻はなぜ「人形のまち」?|日光東照宮の職人説を検証
「日光東照宮の職人が住み着いた」は伝承。市・県・国の資料をもとに、人形づくりが始まった本当の時期を整理しました。 - 鴻巣はなぜ「ひな人形と花のまち」?宿場と田んぼの物語
中山道の宿場町で続いた人形づくりと、戦後に寺谷の農家が始めたパンジー栽培。生まれた時代が違う2つの名物の話です。 - 安行はなぜ「植木の里」?|明暦の大火と江戸の緑
承応年間に始まった苗木づくりが、明暦の大火で焼けた江戸への出荷で広がった経緯と、挿し木に向く地形。 - 大宮盆栽村はなぜ大宮に?|関東大震災と盆栽師の移住
関東大震災で被災した東京の盆栽業者が、1925年に大宮へ移り住んだ理由。「盆栽10鉢以上」「二階建て禁止」の約束も。 - 埼玉発祥のチェーン店はどこ?|しまむら・日高屋・山田うどんほか6社
しまむら・ヤオコーは小川町、山田うどんは所沢、日高屋は大宮生まれ。6社の創業地と創業年を有価証券報告書で確認。
名物グルメの由来
お茶、せんべい、まんじゅう、ねぎ、さつまいも、やきとり。埼玉の名物がなぜその土地の名物になったのかを解説します。
- 「味は狭山でとどめさす」|狭山茶はなぜ北の地で育つ?
緑茶生産の経済的北限にある狭山茶が、甘く濃い味になる理由。寒さで年2回しか摘めない葉と「狭山火入れ」。 - 草加せんべいの由来|「おせんさん」伝説は本当か
「おせんさん」伝説は、草加市も「昭和時代に作られた物語」と説明しています。本当の起源は農家の米の保存食でした。 - 十万石まんじゅうのCMはなぜ「うまい、うますぎる」?|棟方志功との関係
版画家・棟方志功の「うまい、行田名物にしておくにはうますぎる」が、CMの言葉になるまで。 - 深谷ねぎはなぜ有名?|利根川がつくった畑と藍の町
利根川の氾濫が運んだ肥えた土と冬の赤城おろし。明治に藍からねぎへ移り、鉄道で東京へ運ばれて名前が広まりました。 - 川越のさつまいもはなぜ有名?|「川越いも」の正体と十三里
「川越いも」は所沢(南永井村)で始まり、川越経由で江戸に運ばれたいもでした。「栗より(九里四里)うまい十三里」の意味も。 - 東松山の「やきとり」はなぜ豚?|みそだれと屋台の始まり
東松山のやきとりが鶏ではなく豚のカシラで、みそだれで食べる理由。昭和30年代の食肉センターと屋台の始まりから。
スポーツ・アニメ・ポップカルチャー
プロチームが埼玉に根づいた理由や、高校野球・サッカーの歴史、アニメの舞台になった町の話です。
- 浦和レッズはなぜ浦和?|『サッカーのまち』浦和の始まり
神戸生まれの三菱のサッカー部が、なぜ浦和のクラブになったのか。スタジアム探しと浦和の誘致の事情を当事者の証言で。 - 西武ライオンズはなぜ所沢に来た?|福岡から移った1979年
西武グループが福岡の球団を買ったとき、狭山丘陵で新しい球場の建設を進めていたから。1978年の買収からの流れ。 - 埼玉の甲子園の歴史|春夏の年表と強豪校の成績
1931年の選抜初出場、夏の初出場が1949年まで遅れた理由、2017年の花咲徳栄の夏初制覇まで、春夏まとめて。 - 高校サッカー選手権埼玉県勢の歴史|優勝13回と県大会日程
全国高校サッカー選手権で県勢は通算13回優勝。浦和の4校で11回勝った黄金期と、2026年の県大会の日程(決勝11月15日)。 - 埼玉のプロスポーツ2026-27|全30チームと変更点
県の公式アプリ「すぽったま!」に参加する13競技・30チームの一覧と、2026-27シーズンの変更点。 - なぜ「クレヨンしんちゃん」の舞台は春日部?|作者と町の関係
作者の臼井儀人さんが春日部で育ち暮らした町だったから。サトーココノカドーのモデルや、市の特別住民登録も。 - 秩父はなぜ「アニメの聖地」に?|あの花から15年、巡礼が町を変えた理由
2011年の「あの花」で始まった聖地巡礼。旧秩父橋などの聖地と、ファンの奉納金で上がる「あの花龍勢」を紹介。
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