3行でわかる「さいたま市」の市名
- 2000年の新市名の公募では、1位は漢字の「埼玉市」(7,117件)で、ひらがなの「さいたま市」は2位(3,821件)だった
- それでもひらがなになったのは、合併協議会が「漢字の埼玉県と区別する」「やさしく柔らかい感じ」など5つの理由を挙げて選んだから
- 大宮市は「大宮市」を提案し、行田市側は「埼玉」の名を残すよう求め、市名をめぐる議論は白熱した
さいたま市がひらがななのは、主な理由の一つが漢字の「埼玉県」と区別するためです。2000年に浦和・大宮・与野の3市の合併協議会が市名を決めた際、公募の1位は漢字の「埼玉市」でしたが、協議会は県と市の混同を避け、誰にでも県庁所在地とわかり、やさしい感じのするひらがなの「さいたま市」を選びました。
全国の県庁所在地で、市名がひらがななのはさいたま市だけです。「なぜ漢字じゃないの?」と疑問に思ったことがある人も多いでしょう。この記事では、2001年の合併を前に市名がどのように決まったのか、公募の結果から候補の絞り込み、そして議論の行方までを、さいたま市が公開している合併協議会の記録をもとにたどります。

市名はどうやって決めた?
浦和・大宮・与野の3市は、1997年(平成9年)12月18日に任意の「合併推進協議会」を立ち上げ、合併に向けた話し合いを始めました。新しい市の名前を考える場として、1998年4月15日に「第2小委員会」が設けられ、同じ年の10月30日には、埼玉大学の学長を委員長とする「新市名検討委員会」も設置されています。
市名は、市民から広く募集することになりました。公募の期間は2000年1月10日から2月18日までの40日間。集まった応募は67,665件(無効を含む)にのぼり、名前の案は8,580種類に及びました。
公募の1位は「埼玉市」だった?
はい、公募でいちばん多かったのは漢字の「埼玉市」です。合併協議会が公表した結果によると、上位は次のとおりでした。
| 順位 | 市名の案 | 応募数 |
|---|---|---|
| 1位 | 埼玉市 | 7,117件 |
| 2位 | さいたま市 | 3,821件 |
| 3位 | 大宮市 | 3,008件 |
| 4位 | 彩玉市 | 2,588件 |
| 5位 | 彩都市 | 2,495件 |
| 6位 | 浦和市 | 1,821件 |
| 7位 | さきたま市 | 1,374件 |
「埼玉市」は「さいたま市」のおよそ2倍の支持を集めていました。それでも最終的にひらがなが選ばれたことが、この市名の面白いところです。ちなみに、県の愛称にちなむ「彩の国市」は15位でした。
2000年3月26日、新市名検討委員会は候補を5つに絞り込みました。「さいたま市」「埼玉市」「さきたま市」「彩都市」、そして公募では37位だった「関東市」です。公募4位の「彩玉市」は候補から外れており、応募数の順位だけで決めたわけではなかったことがわかります。
なぜ漢字ではなく「ひらがな」になった?
さいたま市は、ひらがなの市名に決めた理由として、次の5つを挙げています。
- ひらがなの「さいたま市」なら、誰にでも埼玉県の県庁所在地だとわかり、名前が浸透しやすい
- 「さいたま」は続日本紀や万葉集にも見える古い歴史をもつ名前で、後世に残すのにふさわしい
- 公募の応募67,396人のうち、「埼玉市」と「さいたま市」を合わせて10,938人の応募があった
- 漢字の埼玉県と区別する
- 市名から受ける感じがやさしく柔らかい

なかでも大きかったのは、4つ目の「県との区別」でしょう。県名と同じ漢字の「埼玉市」にすると、「埼玉県埼玉市」となり、県のことなのか市のことなのか紛らわしくなります。かといって「さいたま」という名前を捨てるのは惜しい。そこで、県名の響きは残しながら、表記をひらがなに変えるという方法が選ばれたわけです。
「さいたま」の名前はどこから来た?:「さいたま」の名は、行田市にいまも残る地名「埼玉(さきたま)」にさかのぼります。埼玉県の公式サイトは、行田市埼玉の埼玉古墳群を「県名発祥の地」と紹介しています。万葉集では「さきたま」と詠まれ、平安時代の辞書『和名抄』では「さいたま」と読まれていました。つまり、さいたま市の名前のルーツは、実はさいたま市の外、行田市にあるのです(詳しくはさきたま古墳群の謎)。
反対の声はなかった?
市名をめぐっては、最後まで意見が分かれました。合併協議会の記録によると、2000年4月4日の第2小委員会で、浦和市と与野市は「さいたま市」を、大宮市は「大宮市」を提案しています。浦和と大宮のライバル関係は、市名選びにも表れていました(浦和と大宮の歴史は浦和と大宮はなぜ仲が悪い?で紹介しています)。
県名発祥の地である行田市からも声が上がりました。行田商工会議所や地元の埼玉地区自治会連合会、行田市長、市議会議長などが「埼玉」などの名称を残してほしいとする要望書を提出し、小委員会は4月11日に行田側の代表を招いて意見を聞いています。当時の埼玉新聞には「『さいたま市』はやめて」という見出しも残っています。
こうした議論を経て、2000年4月17日の第2小委員会で「さいたま市」とすることで合意します。合意を伝えた翌18日の埼玉新聞には「市民不在の声も」という見出しが付いており、すべての人が納得したわけではなかったことがうかがえます。その後、4月24日の合併推進協議会で議決され、4月29日に発足した法定の合併協議会で正式に決まりました。
ほかにもひらがなの市はある?
ひらがなの市名は、さいたま市だけではありません。福島県のいわき市(1966年)や茨城県のつくば市(1987年)、ひたちなか市(1994年)のように以前からあるほか、2000年代の「平成の大合併」の時期には、つがる市、かすみがうら市、うるま市など、ひらがなの市名が各地で生まれました。県内でも、2005年に誕生したふじみ野市がひらがなを使っています。ただ、都道府県庁のある市でひらがなの市名はさいたま市だけです。
その後、さいたま市はどうなった?
同じ年に合併協定書が調印され、2001年(平成13年)5月1日、さいたま市が誕生しました。2003年4月1日には政令指定都市に移行し、9つの区が置かれます。2005年4月1日には岩槻市を編入し、岩槻区が加わって10区になりました。
区の名前も、市名と同じように市民の声を聞いて決められました。2002年に区名の公募(17,494通)と投票(44,511票)が行われ、区名選定委員会が10月2日に最終案を市長に報告しています。報告には、中央区について「与野区とすべき」という意見があったことも書かれています。面白いのは、投票で1位になった名前がそのまま採用されたのは、浦和区と大宮区の2つだけだったことです。「大宮西」は西区に、「浦和南」は南区に、「与野」は中央区になりました。

2026年10月1日現在、さいたま市の住民基本台帳人口は1,360,952人。誕生から25年がたち、ひらがなの市名もすっかりなじみました。漢字の県とひらがなの市。どちらも「さいたま」と読むこの組み合わせは、1,200年以上前の万葉集にも詠まれた「さきたま」の名を受け継ぎながら、新しい市をつくった人々の工夫の跡なのです。
- 1997年12月3市の合併推進協議会が発足
- 2000年1〜2月新市名を公募。67,665件の応募
- 2000年3月新市名検討委員会が5案に絞る
- 2000年4月「さいたま市」に決定(24日議決、29日正式決定)
- 2001年5月1日さいたま市が誕生
- 2003年4月1日政令指定都市に。9区を設置
- 2005年4月1日岩槻市を編入し10区に
参考資料
- ひらがなの市名に決定した理由(さいたま市)
- 「新市名称公募」結果のお知らせ(さいたま市)
- 合併推進協議会 会議開催概要(第2小委員会)(さいたま市)
- 合併推進協議会の経緯(さいたま市)
- 合併推進協議会 第21回の議決(さいたま市)
- さいたま市誕生20周年 市の歩み(さいたま市)
- 浦和市・大宮市・与野市の合併(埼玉県)
- ひらがな・カタカナを含む市町村(市区町村プロフィール)
- さいたま市の誕生(さいたま市)
- 政令指定都市への移行(さいたま市)
- 区名案の公募結果(さいたま市)
- 区名投票の結果(さいたま市)
- 区名選定委員会の報告(さいたま市)
- さいたま市の市名決定に関する新聞記事(レファレンス協同データベース)
- 埼玉県のプロフィール(埼玉県)
- 埼玉(コトバンク)
- さいたま市の人口(さいたま市)


