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妻沼聖天山はなぜ国宝に?|庶民の寄付で建った「埼玉日光」

妻沼聖天山はなぜ国宝に?庶民の寄付で建った「埼玉日光」。拝殿・中殿・奥殿が連なる聖天堂のイラスト。熊谷市、2012年国宝指定 歴史・文化・雑学

熊谷市の北のはずれ、利根川に近い妻沼(めぬま)に、日光東照宮と並べて語られるお堂があります。妻沼聖天山(めぬましょうでんざん)歓喜院の本殿「聖天堂」。2012年に国宝に指定され、いまも県内で唯一の国宝建造物です。ただ、この建物の本当のすごさは、きらびやかな彫刻そのものより「誰がお金を出したか」にあります。

この記事の結論:聖天堂が国宝になった理由は、江戸中期の建築装飾の頂点のひとつであることに加え、大名や幕府ではなく、地元の庶民の寄進で建てられた点にあります。1735年ごろから約25年かけて完成し、建設費は今の価値で約20億円とされます。彫刻を間近で見られる本殿拝観は700円(中学生以下は同伴者がいれば無料)、無料駐車場は83台あります。

聖天堂のつくりと見どころの図解。拝殿・中殿・奥殿を1つの屋根でつなぐ権現造で、奥へ進むほど装飾が豪華になり、手前ほど簡素なのは資金不足の跡とされる。1760年ごろ完成、建設費は庶民の寄付のみで今の価値で約20億円、2012年7月9日国宝指定。奥殿では碁を打つ七福神、双六をする吉祥天と弁財天、遊ぶ子どもたち、琴棋書画の文人の彫刻を探したい
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そもそも妻沼聖天山とは?

寺伝では、治承3年(1179)に地元の武将・斎藤別当実盛が守り本尊の聖天(大聖歓喜天)を祀ったのが始まりとされます。聖天は夫婦和合や福徳の神で、妻沼の聖天さまは昔から「縁結び」で知られてきました。日本三大聖天のひとつにも数えられ、高野山真言宗の寺院として今も多くの参拝者を集めています。

境内に立つ実盛の像は、鏡と筆を手に白髪を黒く染める姿です。老いを侮られまいと髪を染めて最後の戦に臨んだという、実盛の有名な逸話を表しています。

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なぜ国宝に?決め手は「庶民の寄付で建てた」こと

いまの聖天堂は、寛文10年(1670)の大火で前の建物を失ったあと、18世紀前半から再建されたものです。工事を率いたのは地元の名工・林兵庫正清。費用は幕府や大名ではなく、妻沼を中心とした庶民の寄進でまかなわれました。工事は中断をはさみながら進み、正清が亡くなったあとは息子の正信が引き継いで、宝暦10年(1760)ごろに完成しています。

文化庁の解説は、聖天堂を「江戸中期の建築装飾の頂点のひとつ」と位置づけたうえで、庶民信仰の広がりによって豪華な装飾文化が普及していった過程を示す建物として、文化史上の価値が高いと評価しています。日光東照宮が将軍家の威信をかけた建物なら、聖天堂は町や村の人々が少しずつお金を出し合って造り上げた建物です。同じ豪華さでも、意味がまったく違うのです。

指定の流れは、昭和59年(1984)に重要文化財、平成24年(2012)7月9日に国宝。その間の平成15年(2003)から約7年をかけた「平成の大修理」で、くすんでいた彩色や金箔がよみがえりました。

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「埼玉日光」と呼ばれる理由は?日光東照宮と比べてみる

聖天堂は、手前の拝殿・中間の中殿・奥の奥殿を一つの屋根でつないだ「権現造(ごんげんづくり)」。日光東照宮と同じ形式です。彫刻・漆塗り・彩色・金具で埋めつくされた外観もよく似ていて、「埼玉日光」とも呼ばれます。

比べる点歓喜院聖天堂(妻沼)日光東照宮
建てた人・お金地元の庶民の寄進徳川将軍家
完成1760年ごろ(約25年がかり)現在の社殿は1636年(寛永の大造替)
建物の形式権現造権現造
国宝2012年指定。埼玉県で唯一の国宝建造物本殿・陽明門など

共通点はつくり手にもあります。林家の大工は江戸時代に多くの寺社の造営に関わり、日光東照宮の修繕にも携わった家系です。岩槻の人形のまちに「日光の職人が住みついた」という説があるように、日光の技は関東各地に広がっていきました。

本殿の彫刻はどこを見ればいい?

拝観料を納めると、本殿の周りを歩いて奥殿の彫刻を目の前で見られます。見どころは、神さまや子どもたちが遊んでいる場面が多いことです。

探してみたい彫刻
・七福神が碁を打っている場面
・吉祥天と弁財天が双六をしている場面
・凧揚げなどで遊ぶ子どもたち
・琴・碁・書・画を楽しむ中国の文人(日光東照宮の陽明門にも同じ題材があります)
・獅子・虎・龍などの動物

熊谷市の紹介では、神さまが人を救うために走り回らず遊んでいられるのは世の中が平和だから、という願いが込められていると説明されています。

もう一つの見方として、奥から手前に向かって装飾が控えめになっていくことにも注目してください。工事は奥殿から始まり、拝殿に進むにつれて飾りが簡素になります。資金が足りなくなったためと考えられていて、寄付で少しずつ建てた建物ならではの跡といえます。見学は奥殿から先に見て、拝殿と見比べると違いがよくわかります。

拝観料・時間・アクセスは?

本殿拝観料700円(同伴者がいる場合、中学生以下は無料)
拝観時間平日10:00〜15:00、土日祝9:30〜16:00
無料ガイドボランティアガイドあり。平日11〜14時の1日4回、土日祝10〜15時の1日6回(変更あり)
撮影可。建物や彫刻には触れない
住所熊谷市妻沼1511
電車・バスJR熊谷駅北口6番乗り場から朝日バスで「妻沼聖天前」下車すぐ。熊谷市ゆうゆうバスも「妻沼聖天山前」に停まる
駐車場めぬま観光駐車場 83台(無料)
問い合わせ寺務所 048-588-1644

注意 本殿拝観は平日15時で終わります。熊谷駅から路線バスで向かう場合は、帰りのバスの時刻も先に確認しておくと安心です。15名以上の団体は事前に寺務所へ問い合わせを。

門前で食べたい「妻沼いなり」

参拝のあとに寄りたいのが、門前の名物「妻沼いなり」です。10cmを超える棒のように細長い形が特徴で、甘じょっぱい濃いめの味つけ。森川寿司、小林寿司、聖天ずしなどで扱っています。細長い形になった理由は、利根川を行き来した船頭が手で食べやすかったから、といった説がありますが、はっきりしたことはわかっていません。

門前の「縁結び通り」は昔ながらの店が並ぶ商店街で、毎年4月と10月には手づくり市も開かれます。熊谷土産を探すなら熊谷のお土産6選も参考にどうぞ。

よくある質問

「妻沼」の読み方は?

「めぬま」です。妻沼聖天山は「めぬましょうでんざん」と読みます。

境内に入るだけでもお金はかかる?

拝観料700円がかかるのは、本殿の周りに入って彫刻を間近で見る場合です。参拝そのものには拝観料はかかりません。

聖天堂以外の文化財は?

正面入り口の「貴惣門(きそうもん)」は国の重要文化財です。三つの破風を重ねた独特の屋根で、装飾彫刻を雨風から守る形になっています。

参考:文化遺産オンライン「歓喜院聖天堂」/熊谷市「妻沼聖天山」/観光庁 多言語解説文データベース/熊谷市 魅力発信パンフレット/マイナビニュース(妻沼いなり)

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