3行でわかる「彩の国」
- 埼玉県の愛称「彩の国」が決まったのは1992年(平成4年)11月14日、県民の日でした。まだ34年ほどの、比較的新しい呼び名です
- 全国から寄せられた21,275点の応募の中から選ばれ、「四季折々の彩り豊かな自然」と「さまざまな分野で発展する多彩な県」を表しています(埼玉県)
- 翌1993年には3人が肩を組んだ「彩の国キャンペーンマーク」もでき、愛称とマークはいまも原則として誰でも自由に使えます
「彩の国だより」「彩の国さいたま芸術劇場」「彩の国くまがやドーム」。埼玉で暮らしていると、毎日のようにどこかで目にする「彩の国」。あまりに当たり前すぎて、いつ、誰が決めたのかを知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。
答えは1992年。県のシンボルの中では、実はかなり新顔です。この記事では、埼玉県と全国知事会の資料をもとに、愛称が生まれた時代背景、「彩」という字に込められた意味、マークの使い方のルール、そして30年あまりたったいまの「彩の国」の立ち位置をたどります。

「彩の国」はいつ、どうやって決まったの?
埼玉県によると、愛称「彩の国」が選ばれたのは1992年(平成4年)11月14日です。この日は、1871年に埼玉県が生まれた日にちなむ「県民の日」。県にとって一番の記念日に合わせて発表されたわけです。
選び方は公募でした。全国知事会がまとめている各県のシンボル紹介によると、全国から寄せられた21,275点の中から「彩の国」が選ばれています。県内からだけでなく全国から募ったところに、県のイメージを外に向けて発信したいという意図がうかがえます。
なぜ1992年に愛称が必要だったの?
背景にあったのは、埼玉のイメージの問題です。1980年代、タモリさんがラジオなどでネタにした「ダサいたま」という言葉が広まり、1982年には漫画『翔んで埼玉』も発表されました。埼玉は「東京のベッドタウンで、特色がない」というイメージを背負っていました(このあたりの経緯は「ださいたま」は誰が言い出した?でくわしく紹介しています)。
1992年6月の知事選で当選した土屋義彦さんは、就任当初から「ダ・さいたま」と言われる県のイメージを変えようと、芸術・文化の発信に力を入れました。「彩の国」が選ばれたのは、その土屋県政1年目の秋です。1994年には「彩の国さいたま芸術劇場」が開館し、愛称は県の新しい施設や事業の名前に次々と使われていきます。
上の表を見ると、県章(1964年)、県民の鳥シラコバト(1965年)、県の木ケヤキ(1966年)、県の花サクラソウ(1971年)と、シンボルの多くは昭和の高度成長期にそろっています。そこから20年以上たって、魚と蝶(1991年)、愛称(1992年)、マーク(1993年)が立て続けに決まりました。平成の初めに、埼玉が「自分たちらしさ」をもう一度見つめ直した跡が、この並びに表れています。
「彩」にはどんな意味が込められているの?
埼玉県の説明では、「彩」は彩りや美しさを表す言葉で、四季折々の色彩豊かな自然に恵まれ、産業、文化、学術などさまざまな分野で発展する「多彩な国」としての埼玉を表しています。
そしてもう一つ、県の説明には書かれていませんが、多くの人が気づくところがあります。「彩(さい)」と「埼(さい)」の音が同じだということです。「埼」の字は2010年まで常用漢字に入っておらず、長く「表外字」だった字でした(くわしくは「埼」の字の記事で)。同じ「さい」の音で、明るい意味を持つ「彩」の字。おかげで「さいのくに」は、耳で聞いても埼玉のことだとすぐわかる名前になっています。
「国」とついているけれど
「彩の国」の「国」は、国家ではなく「お国はどちら?」の「国」、つまり地方やふるさとの意味です。明治の初めまで使われた「武蔵国」のように、地域を「国」と呼んできた日本語の感覚に沿った言い方と言えます。
「彩の国キャンペーンマーク」はどんなマーク?
愛称の翌年、1993年(平成5年)11月14日に選ばれたのが「彩の国キャンペーンマーク」です。3人が手を取り、肩を組み合い、楽しく元気に前へ進もうとしている姿を表しています。色にも意味があり、ブルーは「夢がいっぱい」、レッドは「元気がいっぱい」、グリーンは「自然がいっぱい」です。
意外と知られていないのが、このマークと愛称は、原則として誰でも自由に使えるということです。県のイベントだけでなく、お店の看板や地域の催しでも使えます。ただし、守るべきルールもあります。
使えないケース(埼玉県の案内より)
- 県の品位を傷つける使い方、法令や公序良俗に反する使い方
- 自分の商標や意匠にするなど、独り占めする使い方
- 特定の個人・政党・宗教団体を県が応援していると誤解させる使い方(選挙運動での使用も控える)
- 「彩の国」やマークそのものを商品にすること
マークを使うときは、決められた色・書体・配置を守り、変形させないこと、最小サイズは18mmと定められています。文字で「彩の国」と書くだけなら、書体や色に制限はありません。
いま「彩の国」はどこで使われている?
30年あまりたったいま、「彩の国」は県の事業や施設の名前に広く根づいています。代表的なものを並べると、次のとおりです。
| 広報 | 県の広報紙「彩の国だより」(毎月発行、新聞折り込みで各家庭へ) |
|---|---|
| 文化施設 | 彩の国さいたま芸術劇場(さいたま市中央区) |
| スポーツ施設・大会 | 彩の国くまがやドーム(熊谷市)、彩の国実業団駅伝 |
| 農畜産物 | 彩の国優良ブランド品、彩の国黒豚 など |
| 道路 | 彩の国ロードサポート(県が管理する道路の清掃・美化ボランティア制度) |
県の施設や事業の名前には深く根づいた一方、県外の人が「彩の国」と聞いてすぐ埼玉を思い浮かべるかどうかは、また別の話かもしれません。新しいキャッチフレーズの提案が出たこともあります。2018年(平成30年)2月の県議会では、ドラマ『陸王』にかけて「埼玉は陸運に優れた内陸県の王、すなわち『陸王』」をキャッチフレーズに、という提案がありました。これに対し上田清司知事は「陸王」の説明は有効だとしたうえで、「平成4年から県民に広められてきた『彩の国』の愛称もあり、本県の特色をよく表しているキャッチフレーズだという風に思っております」と答えています。30年近くたっても、県の顔は「彩の国」のままだったわけです。
それでも、毎年11月14日の県民の日が来るたびに、この愛称は少しずつ歳を重ねていきます。今年2026年の県民の日で、「彩の国」は34歳。次に「彩の国だより」がポストに届いたら、表紙の小さな文字に、平成初めの埼玉の願いが込められていることを思い出してみてください。
参考資料
- 埼玉県「県の愛称『彩の国』・『彩の国キャンペーンマーク』」
- 全国知事会「埼玉県のシンボル」(公募・応募21,275点、各シンボルの制定年)
- 東洋経済オンライン(「ダサいたま」が広まった経緯)
- 埼玉県「広報紙『彩の国だより』」
- 埼玉県議会 平成30年2月定例会 一般質問(知事答弁)
- 選挙ドットコム(土屋義彦知事の県政)


