ひとことで言うと:社名の「調(つき)」が同じ読みの「月」と結びつき、月の使いとされるうさぎが神社の象徴になった、というのが有力な説明です。ただし「いつ、誰が決めた」という記録は確認できません。確かなのは、1733年建立の旧本殿に兎の彫刻が残ること。鳥居がない理由は「貢ぎ物の運搬の邪魔になるので外した」という伝承です。
浦和駅の西口から住宅街を10分ほど歩くと、大きなケヤキの森が現れます。入口で迎えるのは狛犬ではなく、石のうさぎ。読み方は「ちょう」ではなく「つき」で、調神社(つきじんじゃ)、地元では「つきのみや」と呼ばれています。
なぜ、うさぎなのか。なぜ、神社の目印である鳥居がないのか。答えをたどると、古代の税と、江戸の人々が月を待った夜の信仰に行き着きます。かわいい写真スポットとして知られる神社ですが、由来のほうも負けずに面白い場所です。

「調」は税の名前。神社の名はどこから来た?
「調」は、律令制の税「租・庸・調」の調と同じ字です。「神社メモ」が紹介する神社の由緒では、伊勢神宮へ納める貢ぎ物の倉に由来するとされています。江戸時代前期の1668年に書かれた『調宮縁起』(市指定文化財、非公開)は、創建を古代の天皇の時代に置きますが、そこは伝承の世界です。
記録としてはっきりするのは、927年にまとまった『延喜式』の神名帳に、武蔵国の神社の一つとして載っていること。つまり平安時代にはすでに名のある神社でした。倉が神社に変わった経緯について、771年に武蔵国の所属が東山道から東海道へ移り、倉の役目が終わって神聖視されたのではないか、という推測があります。あくまで推測ですが、税の倉と神社を結ぶ説明として筋は通っています。
なぜうさぎ?「月」と結びついた時代
転機は中世以降です。「調」と「月」は同じ「つき」。この音のつながりから、月の出を待って拝む月待信仰と結びつきました。江戸時代には「月読社」とも呼ばれ、1649年に徳川家光が寄進したときの朱印状にもこの名が記されたといいます(『調宮縁起』はこの社名を誤りとしています)。うさぎはその月の使いとされ、神社で配られている由緒書きにも、祭神の使いは卯(うさぎ)とあります。
それがいつからかを考える手がかりが、境内に残っています。1733年に建てられた調神社旧本殿(市指定文化財)です。さいたま市の紹介によると、建物の向拝の蟇股と脇障子に兎の彫刻があります。彫刻が建立時の作なら、江戸時代の中ごろにはうさぎがこの神社の意匠になっていたことになります。
面白いのは、社名がその後も揺れていること。1802年には老中を退いた松平定信が書いた「調神社」の扁額(市指定文化財、非公開)が作られ、1839年には国学者の平田篤胤が『調神社考証』を著します。「月読」と呼ばれる一方で「調」の由緒を正そうとする動きもあったことがうかがえます。
よくある誤解:「月読命を祀るからうさぎ」と説明されることがありますが、神社の由緒書きにある祭神は天照皇大神・豊宇気姫命・素戔嗚尊の3柱です。月読命などを祭神とする別説はあるものの、現在の祭神として書くのは正確ではありません。
鳥居がないのは本当?その理由は
本当で、さいたま市の景観資料でも「鳥居のない神社」として紹介されています。理由として語られるのは、倭姫命(やまとひめのみこと)が、貢ぎ物の運び込みの妨げになる鳥居や門を取り払わせた、という話。伝承ですが、「調」の倉だったという由来と話がきれいにつながるので、長く語り継がれてきたのでしょう。
見方を変えれば、倉だったという伝承を、鳥居のない姿が今に伝えているともいえます。ほかの神社の感覚で鳥居を探しながら歩くと入口を見落としそうになるので、中山道沿いの森を目印にしてください。
調神社の七不思議は何?
神社で配られている用紙に載る七不思議は次のとおりです。いずれも言い伝えで、順序はこの記事で「今も目で確かめやすいもの」から並べ直しました。
| 鳥居がない | 貢ぎ物を運ぶ妨げになるため |
|---|---|
| 使いはうさぎ | 入口の狛うさぎなどで今も見られる |
| 松の木がない | 姉神と弟神の伝説に結びつく |
| 駒つなぎの欅 | 日蓮が1271年に馬をつないだという話 |
| 片目の魚 | 御手洗池(今はない)に放つと片目になるという |
| 蠅がいない | 言い伝え |
| 蚊がいない | 言い伝え |
「蚊がいない」はあくまで伝説です。深い森のある境内なので、夏に行くなら虫よけを用意したほうが無難でしょう。
現地ではどこでうさぎに会える?
境内は約1万2,000㎡で、うさぎを探しながらでも30分ほどあれば一回りできる広さです(時間は編集部の目安)。正面の狛うさぎだけ撮って帰るのはもったいないので、次の場所も探してみてください。
旧本殿は2017年に修理を終え、屋根が銅板から元の柿(こけら)葺きに戻されました。あわせて見上げたいのが、ケヤキやムクノキの境内林。1970年に指定された市の天然記念物で、浦和の市街地にこれだけの森が残っていること自体が見どころです。
場所と行き方、駐車場は?
| 名称 | 調神社(つきじんじゃ) |
|---|---|
| 住所 | 埼玉県さいたま市浦和区岸町3-17-25 |
| 最寄り駅 | JR浦和駅西口から徒歩約10分 |
| 駐車場 | 参拝者用あり(台数は公式に記載なし) |
| 電話 | 048-822-2254 |
さいたま市の資料では徒歩7分とありますが、初めてなら10分みておくと安心です。神社は駅の南西約500m、旧中山道の東側にあるので、線路を背に南西へ進み、ケヤキの森を探すと迷いません。
御朱印はもらえない?十二日まちとの関係は
「調神社 御朱印 終了 なぜ」と検索する人が多いので触れておきます。神社の情報をまとめた「神社メモ」によると、御朱印の対応は2025年3月で取りやめられました。神社としての理由の説明は、公式の発表が見つからず確認できていません。公式サイトも確認できなかったため、最新の状況は上の電話番号へ問い合わせるのが確実です。「ご利益」についても、神社の資料で確認できる特定の効能はありません。うさぎの跳躍にかけた話を見かけますが、由緒書きに書かれた内容ではありません。
年末の調神社を語るなら、毎年12月12日の「十二日まち」も外せません。2026年は土曜日です。熊手の「かっこめ」を授かる歳の市で、日程や交通規制は大宮十日市と浦和十二日まちの記事にまとめています。正月の参拝は埼玉の初詣もどうぞ。
あわせて読みたい埼玉の「なぜ?」
同じさいたま市の古社なら氷川神社はなぜ「武蔵一宮」?、浦和という地名については「浦和」の地名の由来が続きとして読めます。読みに迷う土地の話が好きなら埼玉の難読地名30選も。
出典(確認日:2026年11月4日)
- さいたま市「文化財紹介 調神社旧本殿」「調宮縁起」「調神社扁額」「調神社の境内林」
- さいたま市 浦和区の景観資料(PDF):鳥居・狛兎・所在地・徒歩7分
- 神社メモ「調神社」:神社の頒布用紙の由緒・七不思議、神域約1万2,000㎡、御朱印の取りやめ
- Wikipedia「調神社」:『新編武蔵風土記稿』『続日本紀』などを典拠とする年表(771年の推測、1649年の朱印状、1839年の考証、2017年の旧本殿修理)
- 旅と歴史「調神社」:駐車場の有無、電話番号
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