3行でわかる埼玉の甲子園
- 春の選抜は1931年に初出場。1968年の大宮工、2013年の浦和学院と2度の優勝がある
- 夏は他県と代表を争う時代が長く、初出場は1949年。2017年に花咲徳栄が県勢初の夏の全国制覇
- 出場回数の最多は浦和学院(夏15回・春11回)。近年は花咲徳栄が2026年に春夏とも出場した
夏が来るたびに「今年の埼玉代表はどこまで勝ち進むか」と気になる人は多いはずです。けれど、埼玉が甲子園で全国の頂点に立った回数は、春夏あわせてまだ3回。夏に至っては、2017年まで一度も優勝がなく、関東1都6県で唯一「夏の優勝旗が来ていない県」でした。
この記事では、春の選抜と夏の選手権の両方について、埼玉県勢が歩んできた道を年表とデータでたどります。なぜ夏の初出場がこれほど遅かったのか、強豪校の顔ぶれはどう移り変わってきたのか。数字の裏にある物語も紹介します。

夏の甲子園、埼玉が長く出られなかったのはなぜ?
理由は、代表の決め方にあります。いまは毎年1県1代表が当たり前ですが、昔は近くの県と代表の座を争わなければなりませんでした。埼玉は1921年から関東大会、1926年から北関東大会、1936年から南関東大会、1959年から西関東大会を勝ち抜かないと、甲子園にたどり着けなかったのです。
戦前は一度も代表になれず、1940年に大宮工が南関東大会の決勝まで進んだのが最高だったとされます。夏の甲子園の土を初めて踏んだのは、戦後の1949年、南関東大会を制した熊谷です。このときは初戦で倉敷工に敗れ、初勝利はお預けとなりました。その熊谷は2年後の1951年に決勝まで勝ち上がり、平安に4対7で敗れたものの、準優勝という大きな足跡を残しました。
埼玉大会の優勝校が毎年そのまま代表になる「単独代表」になったのは1975年から(それ以前も、1958・63・68・73年の記念大会は1県1代表でした)。記念大会の1998年は東西、2008年と2018年は南北に分かれて2校が出場しています。
春の選抜は夏より早く、2度の優勝
選抜大会は、秋の大会の成績などをもとに出場校が選ばれます。そのため埼玉勢の初出場は夏より18年早く、1931年に川越中(いまの県立川越高)が甲子園の土を踏みました。初戦は中京商に0対11で敗れています。
初めての全国制覇は1968年春。初出場の大宮工(2026年の再編で、いまは大宮科学技術高)が5試合を勝ち抜き、決勝で尾道商を3対2で破りました。工業高校の選抜優勝として、いまも語り継がれる快挙です。
2度目は2013年春の浦和学院です。2回戦から登場して5連勝、決勝では済美を17対1で圧倒しました。大量点の印象が強い大会ですが、5試合の失点は合計わずか3。打線と投手陣がかみ合った優勝でした。
あと一歩で届かなかった準優勝は?
優勝の陰には、決勝で涙をのんだ年もあります。春夏あわせて準優勝は4回です。
- 1951年夏:熊谷が平安に4対7
- 1993年春:初出場の大宮東が上宮に0対3
- 1993年夏:春日部共栄が育英に2対3
- 2008年春:初出場の聖望学園が沖縄尚学に0対9
1993年は春も夏も埼玉勢が決勝に進んだ年でした。あと1勝の壁を越えるまで、夏はここからさらに24年を待つことになります。
2017年夏、花咲徳栄はどう勝った?
2017年の第99回大会。3年連続5回目の出場だった加須市の花咲徳栄は、初戦から6試合すべてで9点以上を奪う圧倒的な打力で勝ち進みました。準決勝の東海大菅生戦こそ延長11回までもつれましたが、決勝では広陵を14対4で下し、埼玉に初めて夏の優勝旗をもたらします。
2017年夏 花咲徳栄の6試合
1回戦 9対0 開星/2回戦 9対3 日本航空石川/3回戦 10対4 前橋育英/準々決勝 10対1 盛岡大付/準決勝 9対6 東海大菅生(延長11回)/決勝 14対4 広陵
関東1都6県で唯一夏の優勝がなかった県の悲願達成に、県は花咲徳栄に「彩の国功労賞」を贈りました。
強豪校の顔ぶれと成績は?
甲子園の出場回数を学校別に並べると、平成以降の埼玉をけん引してきたのが浦和学院と花咲徳栄の2校だとよくわかります。春夏通算の出場は浦和学院が26回、花咲徳栄が15回です。

| 学校(所在地) | 夏の出場 | 春の出場 | 最高成績 |
|---|---|---|---|
| 浦和学院(さいたま市緑区) | 15回 | 11回 | 春優勝(2013年) |
| 花咲徳栄(加須市) | 9回 | 6回 | 夏優勝(2017年) |
| 春日部共栄(春日部市) | 5回 | 3回 | 夏準優勝(1993年) |
| 聖望学園(飯能市) | 4回 | 1回 | 春準優勝(2008年) |
| 上尾(上尾市) | 4回 | 3回 | 夏ベスト4(1975年) |
| 大宮(さいたま市) | 5回 | 2回 | 夏ベスト4(1957年) |
| 熊谷(熊谷市) | 3回 | なし | 夏準優勝(1951年) |
| 大宮工(2026年に大宮科学技術へ再編) | 1回 | 1回 | 春優勝(1968年) |
※出場回数と最高成績は、春夏それぞれの埼玉県勢の記録(Wikipedia)をもとに、主な試合結果を新聞・専門サイトで確認してまとめました。
夏の通算勝ち星は、浦和学院と花咲徳栄がともに12勝で並びます。浦和学院は春に23勝10敗と抜群の強さを誇り、選抜の舞台で特に存在感を示してきました。
公立の時代から私立の時代へ
昭和の埼玉代表は、熊谷、大宮、上尾、熊谷商、川越工といった公立校が中心でした。私立校として初めて夏の埼玉大会を制したのは、1985年の立教(いまの立教新座)です。
1986年には初出場の浦和学院が夏ベスト4、1988年には浦和市立(いまの市立浦和)が初出場でベスト4と、新しい顔ぶれが次々に躍進。1990年代以降は私立の強豪校が代表の座を占めるようになり、公立校の夏の甲子園出場は1998年の滑川(西埼玉)が最後になっています。
それでも新しい風は吹き続けています。2025年春には浦和実が初出場でベスト4、同年夏には叡明が初出場を果たしました。
データで見る:埼玉勢の春夏の勝ち星
冒頭の3行に入れきれなかった数字も見ておきましょう。2026年夏までの通算成績は、夏が70回出場で71勝69敗、春が39回出場で54勝36敗1分です。勝率で見ると、春(6割)のほうが夏(5割強)より高く、選抜の舞台で強さを見せてきたことがわかります。

年代ごとの勝ち星を見ると、夏は2010年代に16勝と最も多く、花咲徳栄の優勝(2017年)とベスト8(2015年)、浦和学院のベスト8(2018年)がこの時期に入っています。一方、2020年代の夏は1勝にとどまります。大会が中止された2020年を除く2021年以降の6大会は、いずれも初戦か2回戦で姿を消しています。
最近の埼玉代表はどうだった?
ここ数年の結果をまとめると、春は上位進出が続く一方、夏は接戦を落とす試合が目立ちます。
| 年 | 春の選抜 | 夏の選手権 |
|---|---|---|
| 2026年 | 花咲徳栄:ベスト8(東洋大姫路に3対2、日本文理に17対0、準々決勝で智辯学園に8対12) | 花咲徳栄:初戦(2回戦)で仙台育英に0対1 |
| 2025年 | 浦和実:初出場ベスト4 | 叡明:初出場、延長12回タイブレークで津田学園に4対5 |
| 2024年 | 出場なし | 花咲徳栄:1回戦で新潟産大付に1対2 |
| 2023年 | 出場なし | 浦和学院:1回戦で仙台育英に9対19 |
| 2022年 | 浦和学院:ベスト4 | 聖望学園:2回戦 |
夏の県予選から応援したい人は、上尾市民球場などの試合をネット中継で見る方法もあります(上尾市民球場の試合をリアルタイムで見る方法)。
- 1931年春川越中が県勢初の甲子園
- 1949年夏熊谷が夏の初出場
- 1951年夏熊谷が準優勝
- 1968年春大宮工が初出場初優勝
- 1975年夏が毎年1県1代表に
- 1993年春は大宮東、夏は春日部共栄が準優勝
- 2008年春聖望学園が準優勝
- 2013年春浦和学院が優勝
- 2017年夏花咲徳栄が県勢初の夏の優勝
- 2025年浦和実が春ベスト4、叡明が夏初出場
参考資料
- 全国高等学校野球選手権大会(埼玉県勢)(Wikipedia)/選抜(埼玉県勢)
- 埼玉県勢の夏の甲子園の歩み(SPAIA)/1951年決勝 平安7-4熊谷(SPAIA)
- 花咲徳栄の優勝報告と彩の国功労賞(埼玉県)
- センバツ歴代優勝校・準優勝校(ベースボールチャンネル)
- 埼玉の公立校と夏の甲子園(高校野球ドットコム)
- 2025年夏 叡明対津田学園(ベースボールチャンネル)
- 花咲徳栄の試合結果(高校野球ドットコム)/2026年夏 仙台育英対花咲徳栄


