「川越といえば、さつまいも」。菓子屋横丁の焼き芋や芋せんべい、芋ソフトまで、川越の町には芋のお菓子があふれています。ところが、江戸時代に「川越いも」と呼ばれたさつまいもの多くは、実は川越の町ではなく、周りの村で作られていました。名前の由来をたどると、江戸の焼き芋ブームと、武蔵野台地の土が見えてきます。
この記事の結論:川越のさつまいもが有名になったのは、江戸時代、所沢(南永井村)で始まり三芳など周りの村々に広がったさつまいもが、川越を通って江戸へ運ばれ、焼き芋用の「川越いも」として評判になったからです。武蔵野台地の水はけのよい土と落ち葉の堆肥が、甘いいもを育てました。「栗(九里)より(四里)うまい十三里」というしゃれも、焼き芋の人気を後押ししました。10月13日は川越生まれの「さつまいもの日」です。

「川越いも」は川越で作られていなかった?
所沢市の広報によると、この地域のさつまいも作りの始まりは、南永井村(いまの所沢市)の名主・吉田弥右衛門が残した「弥右衛門覚書」に記されています。寛延4年(1751)、弥右衛門は息子を上総国(いまの千葉県)へ送ってさつまいもを買い付けさせ、宝暦4年(1754)に栽培に成功しました。南永井が「さつまいも始作地」と呼ばれるのはこのためです。栽培はやがて周りの村々に広がっていきました。
これらの村のさつまいもは、川越を経由して江戸へ運ばれました。そのため江戸では、産地の村の名前ではなく「川越いも」の名で知られるようになります。三芳町の広報も、三芳町が川越藩の領地だったことから「川越いも」と呼ばれた、と紹介しています。つまり「川越いも」は、川越の町を中心とした川越藩一帯のさつまいものブランド名だったのです。
将軍が名づけた?
三芳町の広報では、十代将軍・徳川家治が三芳町産のさつまいもの味をほめて「川越いも」と名づけた、という話も紹介されています。言い伝えとして残る話ですが、江戸でそれだけ評判のいもだったことがうかがえます。
なぜ川越のいもはおいしかった?武蔵野台地の土
川越や所沢、三芳があるのは武蔵野台地の上です。台地を覆う関東ローム層は、火山灰でできた水はけと通気性のよい土。この水はけのよい土と、雑木林の落ち葉を集めて堆肥にし、畑に入れる農法が、甘く香りのよいいもを育てました。三芳町の三富地域では、江戸時代から続くこの落ち葉堆肥の農法でいまもさつまいもが作られています。
こうして育った「川越いも」は、天保年間の名物番付『天保時代名物競』に「サツマイモといえば川越」と記されるほどになりました。江戸の焼き芋用のさつまいもは、川越と下総の馬加村(いまの千葉市幕張付近)が二大産地だったといわれます。
「十三里」ってどういう意味?
江戸の焼き芋屋の看板によく書かれていたのが「十三里」です。これは「栗(九里)より(四里)うまい十三里」という言葉遊び。九里と四里を足すと十三里になるので、「栗よりうまい焼き芋」を「十三里」と呼んだのです。江戸っ子はこのしゃれを気に入り、焼き芋屋はますます人気になりました。
別の説として、江戸の日本橋から川越までが約十三里(約52km)だったから、とも言われます。どちらの説でも、焼き芋と川越が結びついていたことがわかります。
| 言葉遊び説 | 栗(九里)+より(四里)=十三里。「栗よりうまい」の意味 |
|---|---|
| 距離説 | 江戸・日本橋から川越まで約十三里(約52km) |
「紅赤」とは?いまも残る川越いもの味
明治時代以降、川越いもの代表になったのが「紅赤(べにあか)」という品種です。川越市によると、紅赤は埼玉県の北浦和で「八つ房」という品種の突然変異として見つかり、2018年に発見120年を迎えました。上品な甘みと栗のような風味、粉雪のような舌触りが特徴です。サントリー地域文化賞の紹介では、紅赤(川越いも)は「サツマイモの女王」と呼ばれたとされています。
ただ、川越いも研究会によると紅赤は病気に弱く、栽培が難しい品種です。生産量が減って「幻のサツマイモ」と言われるようになり、川越市・三芳町・さいたま市の農家が守り続けています。12月1日は「紅赤いもの日」とされ、地元では紅赤を食べて品種を守ろうと呼びかけています。
10月13日「さつまいもの日」は川越生まれ
「十三里」にちなんで、さつまいもの旬の10月13日を「さつまいもの日」と決めたのは、川越の市民グループ「川越いも友の会」です。1987年に制定され、いまでは全国に広がっています。毎年この日には、川越駅近くの妙善寺にまつられた「川越さつまいも地蔵」で「いも供養」が行われます。
| 時期 | できごと | 場所 |
|---|---|---|
| 10月13日 | いもの日まつり「いも供養」 | 妙善寺(川越駅近く) |
| 10月中旬〜 | 菓子屋横丁で地元産の紅赤の焼き芋の販売 | 菓子屋横丁 |
| 11月ごろ | 小江戸川越お芋フェスティバル | ウニクス川越ほか(年によって変更あり) |
| 12月1日 | いも神事・紅赤いもの日 | 川越氷川神社ほか |
確認を 行事の日程や会場は年によって変わります。表は川越市の資料(2023年)をもとにしているので、出かける前に最新の情報を確認してください。
菓子屋横丁から蔵の町並みにかけての芋菓子めぐりは、川越の食べ歩き|蔵の町並みと菓子屋横丁の半日コースで紹介しています。
よくある質問
川越いもは今も川越で作られている?
作られています。川越市内でも農家が栽培を続けていて、紅赤のほか、紅はるかやシルクスイートなど多くの品種が作られています。
川越で紅赤を買える?
川越市の資料(2018年)では、市内で紅赤を買える店は7店とされています。菓子屋横丁では毎週土・日曜に焼き芋を軒先で販売していて、10月中旬からは地元産の紅赤の焼き芋も並びます(2018年の資料)。
さつまいも掘りはできる?
川越周辺には芋ほりができる観光農園があります。川越は体験型の観光農業の発祥地ともいわれます。
参考:所沢市 広報ところざわ(さつまいも始作地)/三芳町 広報みよし/川越市の資料(紅赤)/川越市の資料(いもの日ほか)/サントリー地域文化賞「川越いも友の会」/和樂web(十三里)
あわせて読みたい:川越はなぜ「小江戸」?/川越「時の鐘」はなぜ400年近く続く?


