吉見百穴(よしみひゃくあな)は、300円で古墳時代の横穴墓219基が並ぶ岩山を間近に歩ける国指定史跡です。穴の中には天然記念物のヒカリゴケが自生し、同じ入園券で隣の埋蔵文化財センターの展示も見られます。見て回るのは30分〜1時間が目安で、すぐ近くの岩室観音まで足をのばしても1時間半ほど。駐車場は無料です。ただし、戦時中の地下軍需工場跡は現在立ち入りできません。岩山の上へは急な石段を登るので、歩きやすい靴で行きましょう。

300円で何が見られる?
入口で入園料を払うと、正面にいきなり穴だらけの岩山が現れます。写真で見るより斜面は高く、大小の四角い穴が上へ上へと続く光景は、初めてだと思わず足が止まります。入園券で見られるもの・見られないものを整理すると次のとおりです。
| 場所 | 見られる? | ポイント |
|---|---|---|
| 横穴墓群(219基) | ○ | 斜面の下から見上げるほか、石段で上の段まで登れる |
| ヒカリゴケ | ○ | 横穴墓の中に自生。穴の奥をのぞき込んで探す |
| 埋蔵文化財センターの展示室 | ○ | 町の案内では観覧料が百穴と同じ料金で、百穴の入園料で見学できる。開館は8:30〜17:00 |
| 岩山の上からの眺め | ○ | 石段を登った先から周囲の街並みや田園が見渡せる |
| 地下軍需工場跡 | × | 点検・調査のため現在は立ち入り不可(外から入口は見られる) |

穴の中はどうなっている? 横穴墓の見どころ
横穴墓は、丘の斜面を掘って造ったお墓です。吉見百穴が造られたのは古墳時代の末期、6世紀末から7世紀後半。このあたりの岩盤は凝灰質砂岩という掘りやすい岩で、当時の人々は掘るのに向いた場所を選んで穴を開けたと町は説明しています。
穴をのぞいたら、壁ぎわの10〜20cmほどの段を探してみてください。ここが亡くなった人を安置した場所で、段が二つある穴は複数の人が葬られた跡です。入口には緑色の石(緑泥石片岩)の蓋が立てかけられていて、あとから別の人を葬る「追葬」ができるつくりでした。葬られたのは、この地域を治めていた有力者とその家族と考えられています。
時代背景を知ると、見え方が少し変わります。百穴が造られ始めたころは仏教が伝わり、聖徳太子が活躍した時期とほぼ重なります。646年には古墳の造営を禁じた「薄葬令」が出され、大きな古墳は造られなくなっていきます。巨大古墳の時代が終わり、地方の有力者が斜面に墓を並べた――百穴はその転換期の姿を残しています。
明治20年(1887年)に発掘調査が行われましたが、残っているのはわずかな写真と出土品だけです。いまの穴はすべて空っぽです。
ヒカリゴケはどこで見られる?
ヒカリゴケは、黄緑色に光っているように見えるコケです。育つには一定の気温と湿度が保たれることが必要で、その条件に合った横穴墓の中に自生しています。道路会社NEXCO東日本の観光案内では「岩山の下方」にヒカリゴケの穴があると紹介されています。この生育地は「吉見百穴ヒカリゴケ発生地」として国の天然記念物に指定されています。
ふつうは中部地方より北の山地で見られるコケで、関東平野で育っているのは植物学上とても貴重なことです。穴の奥は暗いので、目が慣れるまで少し待ってからのぞくのがコツです。
地下軍需工場跡には入れる?
百穴の下には、直径3mほどの大きなトンネルが口を開けています。太平洋戦争末期の昭和19〜20年、空襲を避けて航空機の部品をつくるために掘られた地下工場の跡です。トンネルは縦横に交差して碁盤の目のようになっていて、本格的な生産に入る前に終戦を迎えました。工事には全国から集められた3,000〜3,500人の朝鮮人労働者が従事し、帰国の際に平和を願って植えられたムクゲの木がいまもこの地に育っています。
さいたマガジンが2014年に訪れたときは中を歩くことができ、真夏でも汗が引くほどひんやりしていました(このページの後半に当時の写真があります)。しかし現在は点検・調査のため立ち入りできません。古い旅行記やブログを見て「涼みに行こう」と思っている人は注意してください。
所要時間は? 目的別の回り方
敷地はコンパクトなので、百穴だけなら30分あれば一通り見られます。時間に合わせた回り方の目安です。
| 時間 | 回り方 | 向いている人 |
|---|---|---|
| 30分 | 横穴墓群を下から見る → ヒカリゴケ → 石段で上の段へ | ドライブの途中に寄る人 |
| 1時間 | 上の30分コース + 埋蔵文化財センターの展示室 + 岩山の上で眺めを楽しむ | 歴史好き、初めての人 |
| 半日 | 1時間コース + 岩室観音 → 道の駅いちごの里よしみで県産小麦のうどん(冬〜春は周辺の農園でいちご狩りも) | 家族連れ、週末のお出かけ |
岩室観音は、百穴への道の途中、松山城跡の北側の岩壁に建つお堂です。崖に張り出すように建てる「懸造り(かけづくり)」で、江戸時代のものとしては珍しいつくりです。いまのお堂は寛文年間(1661〜1673年)の再建とされ、岩窟には四国八十八か所の本尊をかたどった88体の石仏が安置されています。拝観は自由です。
百穴のすぐ隣の丘は、戦国時代に扇谷上杉氏や小田原北条氏、越後上杉氏、豊臣勢などが奪い合った松山城跡(国指定史跡「比企城館跡群 松山城跡」)です。本曲輪や空堀がよく残る城跡ですが、町のページには散策路の案内がないため、歩いてみたい人は町の文化財係(0493-54-9111)に確認してから行くと安心です。
春は百穴の周辺が桜の名所になり、町のサイトから開花状況を確認できます。NEXCO東日本の案内では3月下旬〜4月上旬が桜の時期とされています。
怖くない? 子ども連れでも大丈夫?
お墓と聞くと身構えるかもしれませんが、明治20年に発掘調査が行われ、穴の中に副葬品などは残っていません。明るい時間なら「怖い」というより「不思議な景色」という印象で、子どもは穴の数を数えたり、どの穴に段があるか探したりして楽しめます。

気をつけたいのは足元です。上の段へ向かう石段は段差が大きく急で、手すりはあるものの小さな子どもやベビーカーには向きません。ベビーカーの場合は下の段から見上げるだけにして、上へは抱っこで。園内には車いす対応トイレと、おむつ交換ができる「赤ちゃんの駅」があります。
行き方と駐車場
| 手段 | 行き方 |
|---|---|
| 東武東上線 東松山駅から | 川越観光バス「免許センター行」約5分「百穴入口」下車、徒歩約5分 |
| JR高崎線 鴻巣駅から | 川越観光バス「東松山駅行」約25分「百穴入口」下車、徒歩約5分 |
| 車 | 関越道 東松山ICから鴻巣方面へ約5km。圏央道 川島ICから東松山方面へ約8km。国道17号の鴻巣天神2丁目交差点から東松山方面へ約10km(久米田交差点を右折) |
バスは本数が多くないため、行きと帰りの時刻を事前に調べておきましょう。駐車場は旅行ガイドのるるぶで「200台・無料」と紹介されています(町のページには台数の記載なし)。岩室観音もこの駐車場から歩いて行けます。
料金と開園時間
| 開園時間 | 8:45〜16:50(入園は16:30まで) |
|---|---|
| 休園日 | 年中無休 |
| 入園料 | 中学生以上300円、小学生200円、小学生未満無料 20名以上の団体:大人200円、学生・生徒150円、小学生100円 |
| 住所・電話 | 比企郡吉見町大字北吉見324/0493-54-4541 |
学校の社会科見学などは、事前に申請すると入園料が免除になります。
2014年の訪問記【埼玉ブルース第15回】
誰が言ったか知らないが、訪ねてみれば確かに感じる魅力のご当地をさすらう「埼玉ブルース」。
人間誰しも恥を抱えて生きるもの。特に、インターネットが隆盛を極める昨今では、とかく恥は減ることはなく
ますます増えて行く一方。
昔書いた中二病臭いブログを今更になって見付けて深夜に悶える羽目になったり、
何気ない気持ちで投稿した自画撮り写真が大型掲示板で晒されてしまったり、
はたまた某SNSにて軽い気持ちでシェアした動画からうっかり性癖が露呈する……なんて話もしばしば。
そんな数々の恥をお持ちの皆さんの「もし穴があったら入りたい」の気持ちにお応えして、
今回は”最適な穴”を見付けて来ました!
と言う訳でお邪魔したのは、その周辺を山深い緑に囲まれた比企郡は吉見町にある吉見百穴。
以前伺ったジオパーク秩父が日本地質学発祥の地なら、ここは日本考古学上の最重要拠点と
呼んでも過言ではありません。
そんな恐れ多くも由緒正しい場所の割に、何なんだこのとてつもないインパクトは。
突然この写真を突き付けられたら思わず異世界トリップの存在を信じてしまう勢いで
書いて字のごとくツッコミどころ満載です。
こちらを向いてもあちらを向いても見渡す限り穴だらけ。どうやらこの場所、”百穴”と言いながら、
実際には219個の小穴によって構成されている模様。これほどたくさんの穴を一度に見る機会なんて、
果たして人間あるものなんだろうか?
「さて、どの穴に入ろうかな~♪」と鼻歌交じりに眺めてみるも――実は、この吉見百穴は国内でも名実ともに
最大級と謳われる横穴墓群だとのこと。ってことは、このすべての穴という穴には
漏れなく誰かの遺体が収められていたのか。。。
軽快な鼻歌は何処へやら、予想外に季節柄という空気を呼んだオカルトな展開に思わず一歩を踏み出す足が震える。
お墓のくせにと言ったら失礼ですが、やたらと緑が青々と茂っていて、その辺りにもなんだかカオスを感じます。
草葉だけにその陰から見守られちゃったりされていそうで、少々恐ろしいような気はするものの、
ほかの人のお墓を潜る流儀なんて存じ上げないので、ひたすら礼儀正しく見せるよりほかに方法がない。
それにしても、ほかに人影が見えないので、そのまま闖入を躊躇っていたところへ、
お誂え向きにご登場くださったカップル達の三歩後に続いて、恐る恐る足を踏み入れてみる。
その入り口にはご丁寧にベンチが置かれているものの、こんなところで休憩を試みる物好きなんて
いるのであろうかと思いながら、さらに歩みを進めてみると……
あれ、涼しい…だと…?
お天気お姉さんからは降水確率60%と予報されながら結局は晴天の続いたこの日の気温は、
ご多分に漏れぬ30℃超え。にも関わらずに、ここに踏み入れば噴き出し続けて止まることのなかった
汗がぴたりと引いてしまうほど。
実際に温度計を持参していなかったので具体的な数値はともかく、例えるなら真夏に高山の山頂に居る
ような清涼感。今では立ち入りを禁じられている場所もあって、そう探索に時間は掛からないものの、
やはりじっくり楽しみたいなら女性は上着持参がお勧めかも。
そうは言いつつも、毎日の炎暑に耐え続けている身としては、この肌寒ささえ嬉しいもの。
この大穴は、そもそも先の戦争の際に軍需工場を建設するために掘られたのだそう。結局本格的な
生産がはじまる前に終戦を迎えることとなったとは言え、今に昭和の息吹きを伝える大変貴重な遺産です。
幾又にも別れた旧軍需工場跡内部。
その当時の面影を偲んでいるうちに、一刻も早く二人になりたいカップル達には、早くも撒かれてしまいました。
こんな時、いつもなら臆病風に吹かれて一目散に退散しているところですが、この冷風という天然クーラーを前に
しては微塵も足を動かす気になれない。
しかし、そのまま暗闇に佇む訳にも行かずに奥へと踏み入ってみたつもりが……あっと言う間に見えて来た出口。
そこから差し込む陽光こそ、まさに解脱の象徴です。
ああ! 思春期に悪ぶろうと思ってなめ猫を真似てみたら「時代が違う」と笑われたことも、
ちょっと斜に構えたキャラを気取っておきながら林間学校の登山で虫に追われて大騒ぎしたことも、
友人の誕生日に大学構内に酒類を持ち込んで危うく停学処分沙汰になったあの日の出来事も、
ここを抜ければすべての恥が帳消しになるんですね!
そうして入って来たのとは違う出口からゴール。その瞬間に、またぶり返す灼熱地獄。
しかし、すべての恥が浚われた今となっては、それすらもはや愛おしい……!
と言うか、今回は穴の写真ばかりで、穴フェチとその隠れ予備軍以外の皆さんに
置かれましては、何と言うか実にすみません。
ひとしきり余韻に耽った後で、改めて墳墓群を見つめると、
何やら上がれそうな階段があったので、
とりあえず、登ってみる。これまでの例に倣ったように急な段差は、
決して難易度易しめとは言えません。
こうして目の当たりにすると、ひとつひとつの小穴にもなんだか言い知れぬ迫力があったりする。
既に明治期の発掘調査ですべて掘り起こされて、今は空っぽの状態だと言われても、
何処か圧倒されてしまうような霊験あらたかな空気すらも感じます。
そんな霊験あらたかな空気を放つ小穴群の頂点に立って眺めた景色がこちら。
誰もが見惚れて止まない絶景を縁取るのは蝉の鳴き声のみ。
多くの見どころを有するこの吉身町に置いても随一のピクニック・スポットと言えそうですが、唯一惜しむらくは、
ここはお墓の上。それでも穴に入って恥を忘れてデトックスしちゃった後は、そこを跨いでいっそのこと
恥を制してみるのも悪くない禊かも知れない。
【今回取材させて頂いた吉見百穴】
出典
- 吉見町「吉見百穴/ヒカリゴケ」(2026年4月1日更新)
- 吉見町「吉見町埋蔵文化財センターの施設案内」
- 吉見町「岩室観音」
- 吉見町「比企城館跡群松山城跡」
- 文化遺産オンライン「吉見百穴」
- 文化遺産オンライン「吉見百穴ヒカリゴケ発生地」
- NEXCO東日本 ドラぷら「吉見百穴」(ヒカリゴケの場所・桜の時期)
- 吉見町「吉見百穴周辺の桜の開花等について」
- るるぶ「吉見百穴」・「岩室観音」(駐車場・拝観料)
2026年10月7日時点の情報です(この記事は2014年9月公開の訪問記に、最新の情報を加えて書き直しました)。











