さいたま市西区飯田新田の「昼間ノ渡シ火まつり」は、2026年11月3日(火・祝)16時〜18時、びん沼川沿いの昼間ノ渡シ場跡で開かれます。夜道を急ぐ徳川家康の一行を、村人がかがり火で昼間のように照らして迎えたという伝説を、地元の保存会が再現する小さな火まつりです。日の入りは16時45分ごろなので、火がいちばん映えるのは17時前後。川べりは足元が暗いので、懐中電灯と防寒着を持っていきましょう。
大宮駅から西へバスで30分あまり。住宅地が途切れ、びん沼川の水面と土手の草むらが広がるあたりに、かつて荒川を渡る船が出ていた渡し場の跡があります。昼間は「言われなければ通り過ぎてしまう」ほど静かな場所ですが、11月3日の夕方だけは、川べりに並んだかがり火が暗くなりかけた空を背にゆらめきます。
「昼間の渡し」という名前の由来は?
さいたま市が西区の文化財として紹介している伝説はこうです。天正年間(16世紀後半)、徳川家康が川越から岩槻へ向かう途中、この渡し場に差しかかったころには、日がとっぷり暮れていました。それを知った村人たちはかがり火をたき、手に手に松明をかざして一行を迎えます。その明るさがまるで昼間のようだったので、感激した家康は渡し守に川岸の土地を与え、「昼間」という姓を名乗らせた――。
西区の広報紙(市報さいたま西区版2026年10月号)では、このときの家康は「夜に残党に追われていた」と紹介されています(地元の馬宮西小学校の便りでは「関東移封後」「北条氏の残党に追われた時」と書かれています)。いずれも「伝説」として語られているもので、史料で確かめられた出来事ではありませんが、「昼間」という珍しい名字と渡し場の名前が結びついて、地元で大切に語り継がれてきました。

渡し場はその後どうなった?
大宮から川越方面へ向かう道は、かつて荒川を渡し船で越えていました。大宮には宝来の「老袋の渡し」、西遊馬の「千手堂の渡し」、そしてこの「昼間の渡し」があったと市は説明しています。江戸から大正にかけては「飯田河岸」と呼ばれ、船頭小屋や筏宿、茶屋が並んでにぎわったようです。明治の末に県道が通ると、渡し場は今の船渡橋のあたりへ移ったとされています。
その後の河川改修で新河岸川の放水路がびん沼川に合流し、旧荒川の面影が残るのは湯木町から飯田新田の一部だけになりました。渡し場跡から100mほど南の薬師堂には石造の馬頭観音があり、「右 世野(与野)町 大ミヤ(大宮)岩つき(岩槻)道」「左 飯田渡船 川こえ(川越)道」と刻まれています。火まつりの前に明るいうちに着いたら、この道しるべも探してみてください。川越と岩槻を結ぶ道がここを通っていたことが、石の文字から実感できます。
火まつりでは何が見られる?
主催は「徳川家康縁りの地 昼間の渡し場保存会」。区の広報では、内容は「伝説を再現します」とだけ案内されていて、2026年の細かいプログラムは発表されていません。過去の様子は、2023年の回に家康役で参加した馬宮西小学校の校長が学校の便りに書いています。それによると、家康が渡し守に付き添われ、舟でびん沼(旧荒川)を対岸から渡ってくる場面が見せ場で、家康役は「いつの間にか」同校の校長か教頭が務める慣例に。その前には子供会の紙芝居があり、児童30人あまりが歌を披露しました。2019年の開催を伝えた大宮経済新聞の写真記事の見出しにも、家康が村人に礼を述べ、土地と名字を授ける場面が出てきます。
市議のブログによると、2007年に地域住民が渡し場跡を整備したのをきっかけに始まった行事で、例年11月3日に開かれています。コロナ禍の中断を経て、2023年が4年ぶりの開催でした。
大きな露店が並ぶ祭りではなく、地域の手づくりの行事です。にぎやかさを期待するより、暮れていく川べりで火を眺め、430年以上前の夜を想像する――そんな楽しみ方が似合います。
- 15:30明るいうちに到着
渡し場跡と、南の薬師堂の馬頭観音を見ておく
- 16:00火まつり開始
日が傾くにつれて、かがり火が目立ってくる
- 16:45ごろ日の入り
17時前後が、火と夕空がいちばんきれいな時間
- 18:00終了
祝日ダイヤの船渡橋発・大宮駅西口行きは18:07の次が19:48
場所と行き方は?
| 日時 | 2026年11月3日(火・祝)16時〜18時 |
|---|---|
| 会場 | 昼間ノ渡シ場跡(さいたま市西区飯田新田。市の文化財紹介の所在地は飯田新田495-12) |
| 料金 | 区の広報に記載なし(地域の行事のため、気になる場合は保存会に確認を) |
| バス | 西武バス。区の広報の地図では、近くに「船渡橋」「馬宮団地」「飯田新田」のバス停がある |
| 駐車場 | 区の広報に記載なし。住宅地と川べりなので路上駐車は控え、バスで |
| 問い合わせ | 徳川家康縁りの地 昼間の渡し場保存会(電話・FAX 048-623-1860) |
電車の場合は、大宮駅西口から西武バスの大35系統(ららぽーと富士見方面)などで「船渡橋」へ。乗換案内サイトの検索では、船渡橋から大宮駅西口まで約35分・310円でした。区の広報の地図を見ると、渡し場跡は船渡橋バス停から北西へ、馬宮団地の西側のびん沼川沿いにあります。当日は祝日ダイヤです。2026年10月時点の時刻表検索では、船渡橋発・大宮駅西口行き(大35)の夕方以降は15:31、16:27、18:07、19:48。終了後の18:07を逃すと次は19:48まで約1時間40分あくので、帰りの便は西武バスの時刻表で必ず確認してください。
注意 会場は川べりで、街灯の少ない場所です。日が暮れると足元が見えにくくなるので、懐中電灯(スマホのライトでも可)と歩きやすい靴で。11月上旬の夕方は冷え込むので上着を1枚多めに。火の近くでは子どもから目を離さないようにしましょう。区の広報は「中止や内容を変更する場合がある」としているので、天気が悪い日は保存会に確認を。
西区の秋の行事とあわせて
11月の西区では、14日(土)に三橋総合公園で「第24回西区ふれあいまつり」もあります(西区ふれあいまつり2026|11月14日の会場と臨時バス)。さいたま市内のほかの区民まつりはさいたま市10区の区民まつり2026|日程と会場一覧、県内の11月の行事は埼玉の11月イベント2026にまとめています。
よくある質問
雨の日はどうなる?
区の広報に雨天時の扱いは書かれていません。保存会(048-623-1860)に確認してください。
「昼間」という名字の人は今もいる?
伝説では渡し守が「昼間」の姓を名乗ったとされます。現在の地域の住民については、この記事では確認していません。
出典:さいたま市「文化財紹介 昼間の渡しと徳川家康伝説」、市報さいたま西区版2026年10月号(2〜3ページ)、大宮経済新聞(2019年11月)、さいたま市立馬宮西小学校「馬宮西小だより」(2023年12月)、上三信彰さいたま市議のブログ(2023年11月)、NAVITIME(西武バス船渡橋の時刻表)。2026年10月21日時点の情報です。


