誰が言ったか知らないが、訪ねてみれば確かに感じる魅力のご当地をさすらう「埼玉ブルース」。
※文中の「三代目」の表記が、正しくは「二代目」でした。訂正しております。大変失礼いたしました。
「現代のような多忙極まりない時代だからこそ、むかし情緒に思いを馳せてみようじゃないか!」。
そんな並々ならぬ気持ちを胸に向かった静御前のお墓。静謐な光と影に彩られ、
おごそかな空気に包まれたその墓石の前で合わせていた掌を離して
振り返った先に待ち受けていたのは、
同じ敷地内に所狭しと軒を連ねる……これは、まさかのお店屋さん!?
むかし情緒を今に伝える「静御前のお墓」と、やや現代的なしつらえの
建物の共存に驚きはしたものの、
ちょっと失礼して近くで拝見したところ、その外壁のいたるところに静御前に
まつわるたくさんの張り出しを発見!
実は、ここはクラッセくりはしといって、今から14年前の2001年に開店したパティオ(中庭)を
有する商店街。この「クラッセ」とは外来語ではなく、ここ周辺の方言で「ください」という意味なのだそう。
一般公募で決定されたこの名前のもと、日頃から地元の方々に愛されるこの場所は
居酒屋やパン屋など、あらゆる需要を網羅しています。
数多くの店舗群が連なるさまは、まさに異国のマルシェのよう。
それにしても……改めて「静御前×商店街」という異色過ぎるにもほどがある
コラボレーションに感じ入っていたところ、
「あら、もしかして静御前の写真を撮りに来たの?」
そんな問い掛けをしてくださったのは、見るからに柔和で優しそうなご婦人。
今回の取材のことを正直に打ち明けると、快くお話を伺わせてくれるとのこと。
「実は、私、こういう者なの」
そう言いながら振り返った背中には、静御前のお膝元を謳うこんな文言が!
その華奢な体躯に、なんとも立派な重責を担ってらっしゃるご様子ですが……
この親切なご婦人こそ、静御前のお墓のすぐ向かい側にある和菓子店は
三笠屋さんの”看板お母さん”。ここクラッセくりはしの中で最も長い歴史を持つ
老舗は、お母さんでなんと二代目。
現在では和菓子作りは息子さんたちに引き継がれているものの、
「今までの伝統の味はしっかり守られているのよ」とは、この日に足を運ばれて来た常連さん談。
この三笠屋さんは、静御前のお墓から一番近い和菓子屋さん。最寄り駅である
JR栗橋駅から徒歩1分という抜群の立地を誇るクラッセくりはしの入り口に位置する
この店に足繁く通い続けるお客様も多いとのこと。
常に根強い人気を集め続けているこの店の常連客の中には、地元だけでなく
観光地のお土産の味が忘れられずに遠方から訪れる方も。
そんななりゆきから三笠屋さんが「静御前のために」とこの軒を寄付したのが、
今からおよそ8年前。残念ながら、現在では亡くなられている二代目のご主人の地元を
想う強い遺志は、今なおしっかりと縁の歌碑を守ってくれています。
そうした数々のお話を頂きながら、お招きに預かった店内は……なんだかとっても「あったかい」。
今は冬、特にこの日は強風が吹きつけていたので、そこから一枚扉を隔てたお店の中
との物理的な寒暖差は言うべくもありません。
のみならず、この寒空の中へわざわざ出向いて声を掛けてくれたお母さんの穏やかな人柄を
表わしたかのような言い表しがたい居心地のよさ。そこに広がるのは、いわゆる「銘品を扱う老舗」
という趣きもさることながら、「今日まで地元から愛され続けてきた町の和菓子屋さん」といった
親しみやすい雰囲気です。
とはいえ、この栗橋駅周辺には数々の和菓子屋さんがあるのだそうな。それぞれが
看板に掲げる商品は違うとはいえ、おのおののこだわりは随所に見受けられます。
この三笠屋さんのこだわりは、なんと言っても「みんながほっと一息吐ける昔ながらの味」。
長らく受け継がれてきた味を変えず、誰にでも安心して食べてもらえるように、今でも
添加物や保存料は使わず、なるべく機械を用いない製法で出来たての提供を心掛けているのだそう。
「今の時期には、ほかのお店さんでは草餅は販売していないの。だからこそ、その期待に応えたいと思って」
と、微笑むお母さん。そこへ出来たてが上がって来たので、お言葉に甘えて写真を撮らせて頂くことに。
普段はあまり縁のない老舗の和菓子。はじめて出会った出来たての草餅は、
よもぎの芳しい香り匂いを辺りに漂わせて、とってもおいしそう☆
この季節には確かにあまり見慣れない青々とした彩りに見惚れている間にも、
その出来たてを慣れた手つきでくるんで行くお母さんのスピードの早いこと!
かくも複雑な工程をいとも簡単にやってのけてしまうところに、この三笠屋さんが
誇るおいしさの秘密アリ。さすがに長年をかけて熟練された職人技はだてではありません。
こうして出来たてにすぐさま一工夫を凝らして、
そして、お店に並べて……いざ、スタンバイOK!
ちなみに、この写真を撮影した直後に、早くもご夫婦連れや親子で来店した方が
次々と買われて行きました。なんのイベントがあるでもない平日(しかも極寒かつ強風)にも
かかわらず途絶えない客足は、さすが名店の風格です。
しかしながら、この三笠屋さんには、ほかにもさまざまな売れ筋があって、それぞれの
味を求めてたくさんの老若男女が訪れるとのこと。これまでに何度となく
取材を受けたことがあるというのも納得の人気ぶりです。
そんな数ある看板商品の中でも、やはりこの地ならではの静御前最中は逸品中の逸品!
おなじみの小豆餡と栗入り、さらにはなんと柚子餡という少々珍しいお味を含む三種類の最中は、
いつ来ても買うことが出来るそう。このほかに「静」と刻印された、その名も静まんじゅうもあるので、
まさにご当地土産としては打ってつけと言えるかも。
「もしひとつだけ願いが叶うのなら、この栗橋のよさをたくさんの人に知ってほしい。
そして、ぜひとも足を運んでもらえたら」。
一語一語を噛み締めるように話すお母さんには、この静御前ゆかりの地を深く愛する者ならではの
心温まるエピソードも。道を尋ねられたら教えるのはもちろん、時には店番の合間に
車で来た方の出庫のお手伝いやお悩み相談を受けたこともあると言います。
「だって、ずっとここに立っているでしょ? そうすると、外の様子がよく見えるから、
思わず駆け付けたくなっちゃうのよ」。
顔を綻ばせながらそう語るお母さんにお願いして、折角なのでカウンターの中から覗かせてもらうことに。
……なるほど、これがお母さんがいつも見ている景色なんですね。「その眺めはさぞや」と思いきや、
先述の張り出しや商品に隠れて、ここからは外の様子はほぼ見えないといっても過言ではなさそう。
にもかかわらずに困っている人に手を差し伸べられるその心遣いこそ、看板お母さんの看板
お母さんたる由縁かもしれません。
先ほどの常連さんをはじめ、このネット上にも「お母さんを目当てにお店に、つい通ってしまう」という
意見もちらほら。かく言う筆者も、いまやれっきとしたお母さんファンの一人となってしまいました。
この街を支え続け、この街に支えられ続ける三笠屋さんの看板娘から看板お母さんとなって、
今年でちょうど半世紀。そんなお母さんに写真をお願いすると、「お客様に高いところからでは申し訳ないから」と、これ以上ないくらいに深々と頭を下げていらっしゃいました。
お客様に愛され、その愛に感謝の思いで応え続けて早50年。
いつまでも変わらぬ”看板お母さん”としてお元気でいてくださいね。
【今回取材させて頂いた三笠屋様】
0480-53-1147
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