武蔵野線 anchor.png Edit

  • 武蔵野線(むさしのせん)は、神奈川県横浜市鶴見区の鶴見駅から千葉県船橋市の西船橋駅を結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線(幹線)である。
  • ただし、定期的に旅客営業を行っているのは東京都府中市の府中本町駅から西船橋駅までである。
  • 武蔵野線は元々、山手貨物線の代替のための「東京外環貨物線」(貨物専用線)として計画され、1927年の鉄道敷設法に取り入れられていたが、第二次世界大戦等もあり一旦、計画は凍結された。戦後になり山手貨物線での貨物列車本数の増加等もあり1964年、日本鉄道建設公団(鉄建公団)によって工事が着工された。1967年に新宿駅で貨物列車(米軍燃料輸送列車)の転覆炎上事故が発生した際、新宿や渋谷など繁華街を在日アメリカ軍(米空軍)向けのジェット燃料を積んだタンク列車が大量に運行していることが知れ渡り、問題となった。このような危険な貨物列車が都心部を通過することは好ましくないことから、都心からかなり離れた場所に貨物線として東京外環状線を建設することとなった。計画当時はほぼ全線に渡って田園が広がるだけだったが、沿線の急速な開発に伴い、貨物列車の専用線では住民の理解を得られないことから、急遽旅客営業を行うように計画が変更された。
  • このような経緯から、当初は貨物列車の合間の住民への見返り運転という感じが色濃く、昼間は40分間隔、ラッシュ時でも15分間隔での運転だった。だが1970年代後半に移ると貨物列車は拠点間集中輸送に重点を置くようになり、また貨物列車自体の削減からダイヤに余裕が生まれたことや沿線人口の伸びが激しいことから、次第に旅客列車本数も増え旅客主体の路線へと生まれ変わっていった。
  • 1988年12月の京葉線第2期区間(南船橋 - 新木場)間の開業から武蔵野線と京葉線の一部の列車の直通運転が始まった。
  • 開業時には合理化の一環として乗換駅を除く多くの駅で自動改札機が導入されたが、誤動作や故障が多発した。
  • 旅客列車は、区間列車と平日の10往復、土休日の5.5往復を除く全列車が京葉線へ直通運転しており、同線の一部として一体的な運行形態を採っている。詳細な運行形態については運行形態の項を参照。全線で東日本旅客鉄道が第一種鉄道事業者、日本貨物鉄道が第二種鉄道事業者である。また、全線にわたって電車特定区間と東京近郊区間に指定されている。
  • 当路線は当初山手貨物線の代替のための貨物専用線として計画され、開業後暫くは貨物列車中心に運行されていた。しかし、旅客営業を行う府中本町駅 - 西船橋駅間については、現在では旅客列車の方が多く運行されている。また、東北本線や常磐線から東京ディズニーリゾート最寄りの舞浜駅や東京駅へ向かう臨時列車や快速列車も両線を経由する。
  • 現在でも鶴見駅(実質的には新鶴見信号場) - 府中本町駅間(通称:武蔵野南線)は、大宮から大船・鎌倉方面へ向かう臨時列車などを除き原則として貨物列車専用である。武蔵野南線は、交差する各線の既設駅の近くを通過しているが、旅客化には至っていない。なお、川崎市内の並行するルートに川崎縦貫高速鉄道線(通称:川崎地下鉄)が計画されている。1985年の運輸政策審議会答申では武蔵野南線の旅客線化を含む川崎駅 - 新川崎駅 - 府中本町駅間の路線整備を答申したが、貨物輸送を重視するJR東日本・JR貨物の反対、多数の貨物列車運行を継続しながらトンネル内に駅を設置する工事の困難性などから、計画を推進する川崎市が独自の鉄道整備を判断した経緯があり、2000年の交通政策審議会答申では武蔵野南線の旅客化計画は削除された。
  • 全線を通じて踏切はなく、カーブの径も緩い。しかし、先述の通り元々貨物線として計画された路線のため、ポイント通過に際して旅客列車側に速度制限のかかる箇所も存在する。
  • 首都圏の外郭環状線としての役割を果たしている路線で、山手線(東京都心部)から放射状に延びている各路線と多く接続する。埼玉県内では数少ない、県内を東西に横断する路線である。現時点では開通していないルートも含め、東京外環自動車道とほぼ並走している。沿線にはベッドタウンが多く、古くからの業務・商業中心地域を外して建設されたため、武蔵野線単独での利用よりは、それらのベッドタウンと都内に向かう路線を組み合わせての利用が多い。特に、西国分寺駅・新秋津駅北朝霞駅武蔵浦和駅南浦和駅南越谷駅・南流山駅・新松戸駅・西船橋駅といった他線との乗換駅の前後駅間でこの傾向が顕著である。区間毎の乗客の変動が大きく、それらの駅では大半の乗客が入れ替わる。
  • 途中駅で接続する路線に対し、私鉄の場合は駅名がことごとく異なっていることも特徴である。私鉄との接続駅でも同一駅名であるケースのうち、西船橋駅は元々国鉄・JRと接続している駅のため、南流山駅、東川口駅武蔵野線より後に私鉄が開業したためである。また、比較的新しい路線のため、駅名は既存の駅に方角や「新」などの接頭辞、または周辺の地名を付け加えたものがほとんどである。それらが何も付かない固有の駅名は、新座、吉川、三郷の3つしかない。武蔵野線開業以前から存在する、府中本町、北府中、南浦和、西船橋の各駅についても駅開設時にすでに固有の駅名の駅が別に存在した。
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年表 anchor.png Edit

  • 1973年(昭和48年)4月1日:武蔵野線 府中本町−新松戸間(57.5km)開業(貨物営業は北府中−南流山間 53.7kmのみ)。貨物支線 新小平−国立間(5.0km)、新秋津−日本国有鉄道線・西武鉄道株式会社線分界点間(1.6km)、西浦和−与野間(4.9km)、南流山−北小金間(2.9km)、南流山−馬橋間(3.7km)開業。中央本線貨物支線(下河原線)北府中−下河原間(3.8km)を編入。
    • 西国分寺駅、新小平駅、新秋津駅、東所沢駅、(貨)新座貨物ターミナル駅、新座駅北朝霞駅西浦和駅東浦和駅東川口駅南越谷駅、(貨)越谷貨物ターミナル駅、吉川駅三郷駅南流山駅、新松戸駅開業。田島信号場、別所信号場開設。北府中駅、(貨)下河原駅の所属線区を中央本線から武蔵野線に変更。
  • 1974年(昭和49年)10月1日:武蔵野操車場開設。
  • 1976年(昭和51年)3月1日:鶴見−新鶴見操車場−府中本町間(28.8km)延伸開業(貨物営業のみ)。梶ヶ谷貨物ターミナル - 尻手間(10.3km)にも営業キロ設定。(貨)梶ヶ谷貨物ターミナル駅開業。府中本町−北府中間(1.7km)貨物営業開始。
    • 9月20日:貨物支線 北府中−下河原間(3.8km)廃止。(貨)下河原駅廃止。
  • 1978年(昭和53年)10月2日:新松戸−西船橋間(14.3km)延伸開業(旅客営業のみ)。新八柱駅、市川大野駅、船橋法典駅開業。
  • 1980年(昭和55年)8月17日:夜、浦和市田島(現:さいたま市桜区田島)の西浦和駅付近の古タイヤ置き場付近から出火、タイヤ約30万本が焼ける。この火災の影響で高架橋が熱で激しく損傷し、1か月にわたり北朝霞 - 西浦和間が不通となる。
  • 1984年(昭和59年)2月1日:新鶴見操車場が信号場に降格、新鶴見信号場となる。
  • 1985年(昭和60年)3月14日:新三郷駅開業。
  • 1985年(昭和60年)9月30日:武蔵浦和駅開業、田島信号場を統合。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:武蔵野操車場廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、東日本旅客鉄道が継承。日本貨物鉄道が鶴見−南流山間などの第2種鉄道事業者となる。梶ヶ谷貨物ターミナル−尻手間(10.3km)、新秋津−日本国有鉄道線西武鉄道株式会社線分界点(1.6km)間の営業キロ設定廃止。
  • 1991年(平成3年)10月12日:台風の影響で新小平駅が湧水のため冠水。2か月にわたり西国分寺−新秋津間が不通に
  • 1998年(平成10年)3月14日:東松戸駅開業。
  • 2000年(平成12年)12月2日:日本貨物鉄道の第二種鉄道事業(南流山−西船橋 16.4km)開業。
  • 2003年(平成15年)上旬:自動進路制御装置を各駅で順次使用開始。
  • 2008年(平成20年)3月15日:越谷レイクタウン駅開業。

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最終更新: 2008-09-25 (木) 13:10:30 (JST) (3552d) hatanaka
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