埼玉ブログ - 浦和レッズ ルーキー 山田直輝 A代表大抜てき
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浦和レッズ ルーキー 山田直輝 A代表大抜てき09/05/23
日本サッカー協会は21日、国際親善試合のキリンカップ2試合、2010年ワールドカップ(W杯)アジア最終予選3連戦に挑む日本代表メンバー26人を発表した。W杯本大会出場がかかる重要な1カ月に、岡田武史監督(52)は浦和のルーキーMF山田直輝(18)を“サプライズ招集”した。キリン杯のチリ戦(27日・長居)には欧州組のMF中村俊輔(30)=セルティック=らが合流しないため、山田にいきなり出場チャンスが訪れる可能性も出てきた。
寝耳に水の吉報だった。大分から帰京し、チーム解散後に信藤TDから電話で代表入りを伝えられた山田直は驚きを隠せなかった。プロ1年目、18歳。チームを通じて「うれしく思うのと同じくらいびっくりしています」と初々しいコメントを発表したが、純粋に実力を評価された大抜てきだ。岡田監督は「それで勘違いしたり臆病(おくびょう)になる選手じゃない」と大人扱いし、「達也のように、動き出すことで周りも動く、みんなのスイッチになれる」と、田中達を欠いた攻撃陣の“切り札”として期待をかけた。
浦和でも公式戦11試合連続先発中で、20日の大分戦でも1得点。フィンケ監督からも「コンビネーションサッカーに最適な選手」と信頼絶大な、技術と運動量を兼ね備えた新時代のMFだ。マツダで活躍した元サッカー選手の父・隆さんから受け継いだDNAに、抜群の走力が加わった。小学校時代には、後にインターハイで1500メートル6位入賞を果たす“陸上選手”と校内マラソンでトップを競った逸話を持つ。1試合で2・5キロ体重が落ちるほど走るが、2日で元に戻る回復力もある。07年のU−17W杯では背番号「10」を背負った。当時の城福監督から「普通の選手なら『頭でわかっていても体が動かない』ところまで走れる」とチームの軸に指名され、世界と渡り合った。
チリ戦は俊輔をはじめ主力数人を欠くため、18歳327日で代表デビューする可能性は十分。実現すれば市川(清水)、小野(ボーフム)らに次ぐ史上4番目の年少記録で、金田喜稔氏の国際Aマッチ最年少ゴール(19歳119日)更新の期待もかかる。「レッズでやっているのと同じ気持ちで同じプレーをできるよう頑張ります」。レッズを再生させた18歳が、岡田ジャパンにも革命を起こす。
平成21年5月22日
http://www.chunichi.co.jp/
CHUNICHI Web
寝耳に水の吉報だった。大分から帰京し、チーム解散後に信藤TDから電話で代表入りを伝えられた山田直は驚きを隠せなかった。プロ1年目、18歳。チームを通じて「うれしく思うのと同じくらいびっくりしています」と初々しいコメントを発表したが、純粋に実力を評価された大抜てきだ。岡田監督は「それで勘違いしたり臆病(おくびょう)になる選手じゃない」と大人扱いし、「達也のように、動き出すことで周りも動く、みんなのスイッチになれる」と、田中達を欠いた攻撃陣の“切り札”として期待をかけた。
浦和でも公式戦11試合連続先発中で、20日の大分戦でも1得点。フィンケ監督からも「コンビネーションサッカーに最適な選手」と信頼絶大な、技術と運動量を兼ね備えた新時代のMFだ。マツダで活躍した元サッカー選手の父・隆さんから受け継いだDNAに、抜群の走力が加わった。小学校時代には、後にインターハイで1500メートル6位入賞を果たす“陸上選手”と校内マラソンでトップを競った逸話を持つ。1試合で2・5キロ体重が落ちるほど走るが、2日で元に戻る回復力もある。07年のU−17W杯では背番号「10」を背負った。当時の城福監督から「普通の選手なら『頭でわかっていても体が動かない』ところまで走れる」とチームの軸に指名され、世界と渡り合った。
チリ戦は俊輔をはじめ主力数人を欠くため、18歳327日で代表デビューする可能性は十分。実現すれば市川(清水)、小野(ボーフム)らに次ぐ史上4番目の年少記録で、金田喜稔氏の国際Aマッチ最年少ゴール(19歳119日)更新の期待もかかる。「レッズでやっているのと同じ気持ちで同じプレーをできるよう頑張ります」。レッズを再生させた18歳が、岡田ジャパンにも革命を起こす。
平成21年5月22日
http://www.chunichi.co.jp/
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