団塊の世代応援サイト 元気埼玉
| 最終更新日 2008-9-16 22:48 |
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会社・団体 株式会社 元気埼玉
〒 353-0006
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最終更新 2010-7-29 21:43:37

5時半には散歩に出かけます。
それでも、すでにこの青空。
散歩道はこの間バイクに蹴飛ばされた(まだ全く解決していない)
公園の中を通り、畑沿いの歩道を歩きながらトマトやとうもろこしの
出来具合を観察し、神社の前で手を合わせ・・これで約1時間の
コースです。
ところが畑沿いの大きな道路まで来たとき、前から金髪の
朝帰りの15、6歳の女の子二人に出会いました。
彼女たちは、いきなり畑と道路の境界に埋めてある
U字型の柵を抜いて歩道へ投げ始めました。
そこは、お年寄りや、ベビーカー、車いすの人が歩いている
道路、きれいに舗装されているので目が不自由な方も
走っています。
カラン・カランと音を立てながら転がる鉄柵。
きゃあきゃあと奇声を上げながら片っ端から抜きながら
歩く二人。
おばさんは思わず怒鳴りました。
「ちょっと待ちなさい!歩く人の迷惑でしょ。
もとに戻しなさい。」
女の子たちは「もとに戻せだって〜」と笑い転げながら
そのまま行ってしまいました。
おばさんは女の子たちを睨んでいたのですが、
仕方なく鉄柵をせっせと畑に埋め戻し始めました。
ところが、カランカランと今度はもっと派手な音。
女の子たちはずっと向こうの畑の鉄柵をすべて抜いて
道路に思い切り投げていました。
しかも私に向かってこれ見よがしに・・・
こんなとき、おばさんはなにを言えばいいのでしょうね・・・
この鉄柵につまづいて、誰かがけがをいするかもしれないという
想像力がないのでしょうか・・・
せっせ・せっせと鉄柵を埋め戻しながら
言葉が通じない虚しさ・悲しさを感じました。
明日会ったらどうするか・・おばさんは考えています。
いっそのこと携帯で写して公表してやるぞ!と脅すか???

能登の友人から「旬の野菜便」が届きました。
段ボールを開けると、彼女の畑で育った無農薬の
胡瓜や茄子やメロンが出てきました。
彼女が暑い中、一生懸命育てた野菜や果物、
どれも瑞々しい色をして、いい香りがしています。
圧巻はこれ・・・・・
あまりの大きさに「へちま???かな」と思ったら
これがズッキーニ。なんと30を超える巨体です。
能登の風をいっぱい受けて、ぐんぐん育ったズッキーニ。
今夜はラタトゥイユにしよう。
頭から湯気を出すとはこのことでしょうか?
電車の中で、栃木方面から来たらしいおばちゃん二人が
話していました。
「わたしらーのほうは、暑さでボーっとすることを
かく乱するっていうのよねえ・・」
「そうそう、昔は熱中症なんて言葉がなかったからねえ。」
日本中、かく乱しそうなこの天気。
地球がかく乱してしまったのでしょうかねえ。

会社に来るお客さんが、昔懐かしスイカのアイスを
持ってきてくれました。
電車の中で、栃木方面から来たらしいおばちゃん二人が
話していました。
「わたしらーのほうは、暑さでボーっとすることを
かく乱するっていうのよねえ・・」
「そうそう、昔は熱中症なんて言葉がなかったからねえ。」
日本中、かく乱しそうなこの天気。
地球がかく乱してしまったのでしょうかねえ。

会社に来るお客さんが、昔懐かしスイカのアイスを
持ってきてくれました。
愛媛から上京された方にこんなお土産いただきました。

「メダカの兄弟が川の中♪」ではなく、じゃこの兄弟が海の中です。

ワールドカップの勝利を予測したタコがいましたが
これは日本の選挙を予測したたこです。結果はこうなりました・・・

イカだって負けていられませんよねえ。

これ、かれいの赤ちゃん。田舎ではデビラと言っていましたが
カルシウム摂取量ならお任せです。

ずらりと並ぶとこうなります。「ミニ図鑑」と書いてあるのが
お笑いです。
ところが、この箱を開けたとたん、ある女性陣が「私、これ苦手です。」
なんと魚の目があるから気持ち悪いと・・・・・
うーん、最近の若い女性は魚の切り身しか食べないという人が
増えているんですねえ。
たこだってじゃこだってかわいい目をしているんですがねえ。
私?、もちろんビールのつまみにバリバリといただきました。
ぴりっと辛くて、おいしいせんべいでしたよ。
ほのかに海の香りがして・・ああこれが瀬戸内海。

「メダカの兄弟が川の中♪」ではなく、じゃこの兄弟が海の中です。

ワールドカップの勝利を予測したタコがいましたが
これは日本の選挙を予測したたこです。結果はこうなりました・・・

イカだって負けていられませんよねえ。

これ、かれいの赤ちゃん。田舎ではデビラと言っていましたが
カルシウム摂取量ならお任せです。

ずらりと並ぶとこうなります。「ミニ図鑑」と書いてあるのが
お笑いです。
ところが、この箱を開けたとたん、ある女性陣が「私、これ苦手です。」
なんと魚の目があるから気持ち悪いと・・・・・
うーん、最近の若い女性は魚の切り身しか食べないという人が
増えているんですねえ。
たこだってじゃこだってかわいい目をしているんですがねえ。
私?、もちろんビールのつまみにバリバリといただきました。
ぴりっと辛くて、おいしいせんべいでしたよ。
ほのかに海の香りがして・・ああこれが瀬戸内海。
心の中のグアムの海の色があせないうちにたくさんブログを 書いて置こうと思ってはいたのですが、やはり1週間の休みは 長かったようです。 机の上にドッサリ置かれた仕事を片付けているうちにもう7月。 今日は夕方から激しい雨が降りました。 私達の旅の間、グアムも雨季で毎日のように激しい雨が降っていました。 だから南国の青空にはほとんどお目にかかれなかったのですが 雨上がりに見つけた南国の花は鮮やかな色をしていました。 かえん樹の花、20年前に暮らしたタイのバンコックを思い出しました。 バンコックでマンションの庭に咲いていた火炎樹は大木で、 40度を越す猛暑の中で赤々と燃えるように咲いていました。 プリメリアの花。真っ白な花びらが涼しさを感じさせます。 ハイビスカスの大輪。 恋人岬に咲いていたブーゲンビリア。 ところで、グアムでは移動にバスを使います。私達が使ったのは赤いバス。 5日間、乗り放題のチケットを20ドルで買うととても便利です。 バスの前に大きな日本語で○○行きと書いてあり、運転手さんも 片言の日本語を話すことができ、親切にいろいろ教えてくれますが バス停を書いた地図を持っていると便利です。 遊園地の乗り物のようにかわいいバスで、木製の椅子に座って 外の風景を楽しむことが出来ます。 但し窓枠が無く、雨が降るとビニールカバーをおろすのですが 強い雨のときはびしょぬれになりますからご注意。 水曜日の夕方から、チャロモヴィレッジでお祭りがあると言うことでしたが 強い雨が止みそうに無く、しかもバスが満員で行くことを断念。 今回は観光はほとんどしませんでしたが、唯一行ったのが恋人岬。 悲しい恋人達の物語のある岬です。 第二次世界大戦の時、この島にいた民間日本人や兵士達はほとんど 全滅してしまったと聞きます。 この岬から遠い日本を思いながら最期を迎えた人も多かったのではないかと 思わず手を合わさずにはいられませんでした。 最近、普天間基地の移転問題でグアムの存在が大きくクローズアップ されています。日本の国会議員も、最近何度か視察に来たようです。 その昔スペイン軍よってに占領された時、この島の祖先のチャロモの人たちの 大部分が虐殺され、やがてアメリカに統治され、日本に占領され、今またアメリカへ。 観光と基地の島、この豊かな自然が壊されることが無いように いつまでも平和な島でありますように・・・と祈った恋人岬でした。
今月の5日、めでたく?還暦を迎えながらも、60歳という年の重さに 少々気がめいっていた私ですが・・・。 家族がみんなでお金を出し合ってグアム5日間の旅をプレゼントして くれました。 ちょうど娘も私と同じ6月生まれ、それではご一緒にということに、 と言うより、全て娘任せの旅となりましたが。 成田からグアムへ・・海外は3年前の韓国旅行以来です。 もう修学旅行へ出発する子供の気分、前夜は良く眠れず 睡眠不足のままグアムへ。 途中で見えた硫黄島に手を合わせて3時間、時差は1時間でグアム着。 空港はなんと日本人だらけ、ホテルで迎えのバスの運転手さんも 日本語ベラベラ。グアム経済のほとんどは日本人観光客と韓国観光客で なりたっているということのようです。 外へ一歩出るとムアッとした南国の暑さ。 それでも日本の梅雨よりはサラッとした快適さです。 宿泊したホテルはフィエスタリゾート、ベランダからは海が一望できます。 右手に恋人岬。 こちらは左手です。 目の前の海岸は、サンゴ礁となっており、内海はほとんど波のない遠浅の 海です。 早速スーパーでマリンシューズ(珊瑚で足を切らないように)、シュノーケルを 買い込みました。 そして魚を集めるためのパンとカップ麺をお湯で戻したものも用意、 デジカメには防水ケース、用意万端で海に向かいます。 海水は暖かく、素晴らしい透明度です。 水辺でキャーキャー水遊びしているギャル達を尻目にどんどん沖へ。 100m近く離れたところに浅瀬があるのですが、そこまで歩いていけます。 朝の10時にはどんどん潮が引いて、せいぜい腰の高さまでの水深です。 その途中、写した衝撃の写真がこれ。 魚がずっと私の後をついてきます。 そして、餌を持った私の指をツンツンつついていきます。 ついには私の足を巨大な餌と間違えて、びっしりと群がってきます。 鮮やかな魚の姿にため息をつき、 小さな魚の群れに歓声を上げ、 潜っては泳ぎ、泳いでは潜り、娘と二人でおおはしゃぎ。 少々スコールが降っても、全く気にならず。 魚の姿が可愛いと笑い カメラを抱えた娘の姿がおかしいと笑い、 魚に追っかけまわされているお母さんの姿はもっとおかしいと笑い、 娘の南国の空の下で大声で笑い転げた半日でした。 こんなに大声で笑えることがあるなんてねえ!!!! 夫に感謝、長男に感謝、娘に感謝、 60歳ってなかなかに楽しいことがあるかもしれない・・・。 結局私達のグアム4日 ...
美しい引き際、潔い引き際・・・
いえいえ、鳩山さんや小沢さんのことを言っているのでは
ありません。
今、私は会社といってもあるNPOの小さなブースに
入っています。
なにしろ薄いついたて一枚の壁のお付き合い。
「ちょっとここ教えて!」「そろそろお茶にする?」
入居者同士、助け合いながらの毎日、
打ち合わせの声も、笑い声も、ため息もみんな聞こえてきます。
最近その中の会社でちょっとした心配事が発生しました。
その会社は、シニアが多く働いています。
少々の物忘れは「ゴメン、ゴメン」で解決してきたようです。
でも、最近ある社員さんに「物忘れ」から一歩前に進んだ状態が
起き始めたのです。
お客様との打ち合わせの内容を忘れるのではなく
打ち合わせが会ったことさえ、すっかり忘れるような状態。
当然、お客さまからの苦情が届きます。
もうそろそろ、長い仕事人生に、ピリオドが迫っているのでしょうか。
人間的にはとても温かな、楽しいおじさんで人望も厚いだけに
誰が、彼に引退勧告をするか・・
それで、みんなため息をついているのです。
他人ごとではありません。
私も先日還暦を迎えた身、そのうえもっとも苦手なIT部門の会社です。
それでなくても「それ、なに?」「これ、どうして?」の繰り返し。
カーテンコールがまだある前に、カーテンが降り切るまえに、潔い引き際。
と言いつつ、きっとカーテンの裾にしがみついている私でしょう。
「はなまる給食」はまだまだこれから!!!

これ今日の所沢市の給食。ひじきの入った磯餃子です。
いえいえ、鳩山さんや小沢さんのことを言っているのでは
ありません。
今、私は会社といってもあるNPOの小さなブースに
入っています。
なにしろ薄いついたて一枚の壁のお付き合い。
「ちょっとここ教えて!」「そろそろお茶にする?」
入居者同士、助け合いながらの毎日、
打ち合わせの声も、笑い声も、ため息もみんな聞こえてきます。
最近その中の会社でちょっとした心配事が発生しました。
その会社は、シニアが多く働いています。
少々の物忘れは「ゴメン、ゴメン」で解決してきたようです。
でも、最近ある社員さんに「物忘れ」から一歩前に進んだ状態が
起き始めたのです。
お客様との打ち合わせの内容を忘れるのではなく
打ち合わせが会ったことさえ、すっかり忘れるような状態。
当然、お客さまからの苦情が届きます。
もうそろそろ、長い仕事人生に、ピリオドが迫っているのでしょうか。
人間的にはとても温かな、楽しいおじさんで人望も厚いだけに
誰が、彼に引退勧告をするか・・
それで、みんなため息をついているのです。
他人ごとではありません。
私も先日還暦を迎えた身、そのうえもっとも苦手なIT部門の会社です。
それでなくても「それ、なに?」「これ、どうして?」の繰り返し。
カーテンコールがまだある前に、カーテンが降り切るまえに、潔い引き際。
と言いつつ、きっとカーテンの裾にしがみついている私でしょう。
「はなまる給食」はまだまだこれから!!!

これ今日の所沢市の給食。ひじきの入った磯餃子です。
鳩山さんと小沢さんが突然の辞任劇、民主党の支持率はV字回復したようです。
菅さんは私と同じく山口県出身と聞いてホウッ!そうであったか。
阿倍元首相の時は「山口出身」と言われるとトホホな気分でしたが・・。
ところで、29年ぶりに当用漢字の見直し。196文字が新たに加えられました。
たとえばこの赤い文字。
お金の流れはいまだ謎、
頑張れ頑張れと叱咤激励、時には蹴り飛ばした
同じ釜の飯を食った若手議員もいまは
どこへ。腫れものに触るような扱い。
ああ、最後に総理大臣となって故郷に錦の
旗を飾るつもりが・・。憧れの椅子は遠ざかる。
俺の不遜な態度が遡及され、憂鬱な毎日・・
凄い閉塞感。
いえ、誰のことというわけではありませんが・・ちょっと作文。
意外な漢字が今まで認められていなかったのですねえ。
埼玉もそうだったんだ。
菅さんは私と同じく山口県出身と聞いてホウッ!そうであったか。
阿倍元首相の時は「山口出身」と言われるとトホホな気分でしたが・・。
ところで、29年ぶりに当用漢字の見直し。196文字が新たに加えられました。
たとえばこの赤い文字。
お金の流れはいまだ謎、
頑張れ頑張れと叱咤激励、時には蹴り飛ばした
同じ釜の飯を食った若手議員もいまは
どこへ。腫れものに触るような扱い。
ああ、最後に総理大臣となって故郷に錦の
旗を飾るつもりが・・。憧れの椅子は遠ざかる。
俺の不遜な態度が遡及され、憂鬱な毎日・・
凄い閉塞感。
いえ、誰のことというわけではありませんが・・ちょっと作文。
意外な漢字が今まで認められていなかったのですねえ。
埼玉もそうだったんだ。
はなまる給食に千葉県の学校が参加の予定です。 金曜日、打ち合わせも兼ねて千葉まで中学校の給食試食会に 出かけてきました。 そこにこんな給食の見本が置いてありました。 年代で見る給食・・はてあなたの給食はどれ? 昭和20年代 ようやく戦争が終わり 子どもたちがまだ 飢えている貧しい 時代です。 アメリカからの 脱脂粉乳です。 これ私の時代。 懐かしい鯨の 竜田揚げ。 生ぬるい脱脂粉乳。でも、コッペパンではなく耳の固い食パンでした。学校を休むと近所の子がちり紙に包んで届けてくれました。 これ、昭和39年の献立。 まだ脱脂粉乳の時代? 私は中学から国立へ進んだのですが、その途端給食内容が数段に良くなりました。子ども心に初めて知った学校格差(ガーン)。赤い格子柄のクロスがかかったランチルームで瓶入りの牛乳を飲むたび、生意気な優越感。でも揚げパンは食べたことないなあ。 これ昭和45年の給食。 このころはもう20歳になっていたのでこのころの給食は知りませんが、脱脂粉乳の時代は終わっています。ところが・・今「変な給食」という本で問題になっている焼きそばにアメリカンドッグの組み合わせがすでに登場。量から質へ、もう子どもが飢えた時代は終わり、給食の残飯が増え始めたころ。子どもたちの好きなメニューが多く取り入れられるようになったようです。脂質の多い給食の傾向が見え始めます。 昭和54年、 米食が始まったのですね。そして今、あちこちの学校で取り組んでいる日本の郷土食シリーズが始まったようです。 このころからでしょうか・・なんでも簡単に既製品の食品が買えるようになったのは。家庭の食卓から、郷土食や伝統食が消え始めます。 さてさて、あなたが食べたのはどの給食?
トホホな気持ちで迎えた60回目の誕生日。 そう、本日めでたく還暦を迎えました。 自分には訪れるはずがないと思っていた?60歳の領域に いよいよ足を踏み入れてしまいました。 本来なら「おめでとう」の声に送られて、花束と退職金の袋を 握り締めながら職場を去る予定だったのですが・・・ 人生わからんもんです。 まだ、新しいことにジタバタ走り回る毎日、ゴールはだんだん遠くなる。 それでも、本日友人から大きな大きなバラの花束が届きました。 「祝・還暦」と大きく書いたカードと一緒に。 それから長男からはこんなプレゼント。 泣かせるメッセージです。 いやこちらこそ「生まれてきてくれてありがとう。」 できの悪い母でゴメン!!と謝るばかりです。 娘からは、新宿のホテルのアフタヌーンティへのご招待。 全く子供たちというのは嬉しいもんです。 手抜きしてろくなご飯を食べさせなかったことも 親のくせして腹立ち紛れに当り散らしたことも みんなみんな忘れた顔をして、母親の誕生日を祝ってくれる・・・ せつなくなるほど・・嬉しいものです。 顔に出来たしわを見るたび、 ドッコイショと自分に掛け声をかけるたび 小さな字が見えなくなったと思うたび、 「あれ」と「これ」が会話に増えるたび さっき教えてもらったパソコン操作がすぐにわからなくなるたび、 「背中まがってますよ」と注意されるたび、 この間まで一人で運んでいた机を持ち上げられなくなったと知るたび 同じことをしつこく二度話したなと思うたび、 確実に自分の老いを感じる毎日です。 しかも最近は加速度を増しているような・・・・。 母の認知症が始まったのが68歳。 私が私でいられるのもあと8年???? それでもその日まで、駈け続けていたいと思う私です。 子供たちの学校給食を公開する「はなまる給食」、これを育てることが これからの私の仕事です。 子供たちに「食べる」という大切さと「食」の文化を伝えていくこと、 小さな小さなパワーですが、私が私でいられる最後の日まで この火を燃やし続けていきたいと思います。
交通事故の件では皆様に本当にご心配をかけました。 ようやく出血も止まりました。 ところが事件はこれから大変なことになりそうです。 日曜日(23日)に事故、 25日に警察から電話がありました。 相手は16歳の若者です。(高校生ではなく父親の仕事を手伝っているようです) 親と同居しているらしいのですが、警察官が 深夜、早朝に行っても自宅にはだれもいないとのこと。 警察官の話によると「気の荒い親子」だそうです。 それからが問題。 相手に私の住所、名前を教えていいかということを聞かれました。 そうしなければ、話し合いにならないそうなのです。 でも、ちょっと待ってください!! 私は少年の名前だけを知ってるけれど、住所は知らないのですよ。 そんなのおかしいでしょ。 警察さえ相手にはまだ会えていない。相手は気が荒い・・ でももしかして少年や親に会ったとき、相手が私の住所氏名を 聞くかもしれない。その時は教えなければならない。 相手が私の自宅に謝罪にいくかもしれないので 私の個人情報を教えるって??? そんなことを聞かされて、だれがOKしますか? 交通事故でこじれて、逆恨みされてエレベーターの中で 刺されたという事件もあったはずです。 「相手が逆恨みして私に仕返しにくるかもしれないでしょ。 なにかあったらどうするんですか。今までにこんな 例はないんですか。みなさんはどうしてるんですか」というと 「泣き寝入りしています」との返事。 「自宅の住所を知られたくないので警察で相手に会えますか。」というと 「警察の玄関かロビーなら使えます。それでもあなたの住所と名前は 教えなければなりません」との返事。 こんなことに詳しい友人のアドバイス、「警察が絶対におかしい。 絶対に相手に会うな。もし会うなら保険会社の担当者に会え。 もしくは弁護士を立てろ。」 (あの改造車が保険の対象になるのかどうかは分からない。) でも警察署のこの態度には我慢ならない。 6月3日に弁護士に相談に行ってきます。 診断書を持って今月の28日の夜に警察に行く予定ですが これはやめておいたほうがいい?? なにしろ夫婦して免許はあれど運転しないものだから よくわからない。家族を危険な目に会わせたくないし 今、悩みまくっております。
人間何が起きるかわからないと本日つくづく思いました。 バイクに当て逃げ(人の場合はひき逃げになるそうですが) されてしまいました。 それがなんと朝の散歩道の公園の中。 散歩の途中の公園で毎朝100人近くが集まって ラジオ体操をしてしています。 今朝も散歩の途中、そこで高齢者に混じってラジオ体操。 そのあと、犬を連れてみんなと一緒に公園の出口に 向かったときのことです。 車両が侵入禁止のはずの橋の上にバイクの若者達。 昨日は公園の反対側にたむろして早朝から奇声を あげていた若者です。 「ああ・・いやだな」と一瞬思ったのですが 50人〜60人のおじいちゃんおばあちゃん達と 一緒に公園出口に向かいました。 その瞬間、後ろからガツンと衝撃、 気がついたら私は地面に這いつくばっておりました。 侵入禁止の公園、しかもそこは花壇があるので狭い通路に なっています。 そこをラジオ体操帰りのおじいちゃん、おばあちゃんがぎっしり 歩いている中へバイクが後ろから突っ込んできたのです。 そして私を後ろから引っ掛けたようです。 回りの人たちの声でバイクのエンジン音は全く聞こえませんでした。 とまれ〜!!という大勢の声の中、バイクは止まらずに そのまま行ってしまいました。 私はほんのしばらく地面に倒れており、何がなんだか分からない状態。 そのうち、ああバイクにぶっつかられたんだとようやくことの自体が 理解できました。そして前を見ると遠ざかっていくバイク。 後ろ姿を見ながら・・・「私の足では追いつけない」と観念。 膝を見ると右足一面の擦り傷、買ったばかりのウォーキングウエアの 左肘は長袖に穴があき、服の上から擦り傷。 砂まみれの顔もひりひり。ひりひりずきずきの痛みがやがて怒りに! 「許すもんか」と橋の上にいたバイク仲間の若者の所へ猛ダッシュ。 そこにいた若者達は私が倒れるのを見ていたはずなのに 平然としています。 一番小さめの若者を逃げないように 黒シャツをわしづかみ。 「今の青バイクはあなた達の仲間でしょ。 すぐにここへ呼び戻しなさい」と大声。 なんたること!その黒シャツは「離せよ!!、 知るもんか!!」と大声。 そこへ、青バイクの若者が私にぶっつかったひょうしに 落としたヘルメットを持って夫が走ってきました。 そこで仲間の連中とヘルメットの引っ張り合い。 そこへ青バイクが公園を一周して帰ってきました。 でもそれは仲間の所へ戻ってきただけで、 ...
先日用事があって娘と銀座で待ち合わせました。 街行く人や、ビルの間から差し込む太陽の光は もうすっかり初夏の色。 涼しげな音色に振り返れば、風鈴売りのおじさん。 少し暑さを感じる日は、必ずタイ料理で食事します。 トートマンクンはえびのさつま揚げ、青いパパイアのサラダ デザートはココナツミルクとタピオカ。 かえん樹の真っ赤な花、道の生垣にはブーゲンビリア、食事しながら もう25年前に暮らしたバンコックの思い出話で娘と盛り上がります。 当時はまだ小学校低学年だった娘ですが、 焼けつくような陽の光のように、娘の思い出の中にも はっきりと残像を残しているようです。 今バンコックは内乱状態にあります。 私たちが暮らしている間も、軍部によるクーデターが起き ドーン、ドーンと夜中じゅう大砲の音が響き 大きな戦車が大通りを走るシーンも見ました。 でも何だかのんびりしていて戦車の上の若い兵士たちが笑いながら 子どもたちに手を振ったりしていました。 クーデターが起きるのは決まった場所、バンコックの中心街までは 紛争が及ばず、人々は普通に生活していましたし、 日本人が多く住むスクムビットではクーデターが起きているのが 不思議なくらい穏やかな生活でした。 そして最後は、国王が兵士に呼び掛けて翌日にはなにもなかったように 街のにぎわいが戻ってきました。 ところが昨日のテレビニュースではホテルやデパートにも放火され 人々の憩いの場所だったルンピニー公園もがれきの山です。 そして私たちが住んでいたスクムビットのソイ(小路)も 戦火にさらされたようです。 カッと燃えやすいタイの人々ではありましたが、普段は微笑みの国。 早く、元通りの穏やかな日々が戻るように願うばかりです。
最近私のブログは食べ物ばかりの話題になってきました。
またまた、お弁当公開です。


まずは昨日のピーマン弁当、
本日は人参弁当、
ご飯も野菜もぎゅーっと詰め込んだ「でか盛り」になっています。
これでダイエット中だって??
春キャベツ、ブロッコリー、新玉ねぎ、新人参、野菜のおいしい季節です。
またまた、お弁当公開です。


まずは昨日のピーマン弁当、
本日は人参弁当、
ご飯も野菜もぎゅーっと詰め込んだ「でか盛り」になっています。
これでダイエット中だって??
春キャベツ、ブロッコリー、新玉ねぎ、新人参、野菜のおいしい季節です。
娘が帰ってくるたびに「だんだん我が家も粗食になるなあ」と
言います。
子どもたちが家にいてにぎやかなころは、4人家族で餃子を100個包み、
ハンバーグは巨大サイズでしたが、今は夫婦二人。
フライなどはもう1年作っていません。

これ朝ごはん。

これ晩御飯。
なにしろ、還暦を迎えた夫婦二人、経済的にもステーキや焼き肉なんて
遠い幻。「いつ食べたっけねえ???」
我が家はすでに草食系夫婦です。
だから野菜の種類だけはたっぷりと・・・。
お肉は食べなくても、ますます丈夫にたくましくなっていく母です。
言います。
子どもたちが家にいてにぎやかなころは、4人家族で餃子を100個包み、
ハンバーグは巨大サイズでしたが、今は夫婦二人。
フライなどはもう1年作っていません。

これ朝ごはん。

これ晩御飯。
なにしろ、還暦を迎えた夫婦二人、経済的にもステーキや焼き肉なんて
遠い幻。「いつ食べたっけねえ???」
我が家はすでに草食系夫婦です。
だから野菜の種類だけはたっぷりと・・・。
お肉は食べなくても、ますます丈夫にたくましくなっていく母です。
学校給食に係る私に、友人たちが仕事に役立つようにと いろんな本の紹介をしてくれます。 本日は、岩村暢子さんの書かれた「家族の勝手でしょ!」(新潮社)と 「普通の家族がいちばん怖い」(新潮社)のご紹介。 「家族の勝手でしょ!」の副題は「写真274枚で見る食卓の喜劇」 「普通の家族が・・」には、崩壊するお正月、暴走するクリスマス とあります。 著者の岩村さんは、大手広告代理店の室長。 食卓を通して現代の家族や社会を見つめる研究を続けているかたです。 これらの本については先日、養老孟司氏が毎日新聞に書評を 書かれていたのでご存じの方もあるかもしれません。 養老孟司氏いわく「その現実は、ホラーよりホラーである」と あります。 以前、このブログで幕内秀夫氏の「変な給食」について書きましたが 今回の衝撃はそれ以上です。 普通の家庭の食卓・・ホンマニ???? 日曜の朝の写真。 食卓にはコンビニで買ってきたであろう「菓子パン・果物類」が 並べてあります。 母親は疲れていると起きない。(別に病気ではないそうですが) したがって家族がおなかがすいた順番から、フレックス制で自分の 好きなものを選んで(バイキング方式?)食べて行きます。 食卓に自分が好きなものがない子どもたちは、冷蔵庫や戸棚から 好きなお菓子などを探し出します。 自分の好きなものを選ぶという自主性を重視しているようです。 次に起きてきた父親は、コンビニへ自分の好きなものを買いに出かけます。 母親は最後に起きてきて、カップラーメンかインスタントスープ。 岩村さんはこの状態を「餌場(えさば)」と言っています。 冷蔵庫に野菜の買い置きはほとんどなく、食卓の写真にも 惣菜売り場のプラスチックのケースがそのまま並んでいます。 時たま、レタス数枚、プチトマトが登場するくらいで 野菜の緑や赤い姿は見えません。 そういえばずいぶん前、社宅で子どもたちが夕食の 持ち寄りパーティしたことがありました。 その時に見た、若いお母さんのお皿の上。 なにも入っていないケチャップ色のスパゲティの上に プチトマト2個に目玉焼き。これがご飯のおかずだったようです。 あれは特別なことではなかったのですね。 なんでも、幼稚園のお母さんの栄養教室で「お弁当に嫌いな野菜などは 入れないでください。」とか「野菜は2,3日に一度」という指導??が あったとか。 チャーハン、焼きそば、スパゲティにも具の姿がありませ ...
今私の会社では「給食バンザイ」や「はなまる給食」で学校給食画像の
公開サイトの運営にかかわっています。
この仕事では、毎日いろんな学校の給食献立を見ています。
子どもの給食と言うなかれ!なんとシニア2人の我が家でも
作ってみたい献立です。
たとえば所沢市の5月11日の献立は「さよりの若草揚げ、
高野豆腐のそぼろ煮、かぶのピリッとサラダ、主食はあさりご飯」
朝霞市の5月26日の献立
「つみれ汁、鯵の天ぷら、若竹煮、ごはんとふりかけ、」
学校給食と言えば脱脂粉乳と鯨の竜田揚げと食パンしか記憶にない私。
今の給食は進化したものです。
学校給食の一般試食会があればすぐに参加してみたいと思うほどです。
毎月学校からエクセルで届く献立表を、サイトに入力しているのですが
使われている食材の種類の多さに驚きます。
5月は特に春野菜が多く使われています。
我が家の冷蔵庫の野菜室を見ては毎日「ウーム」と考え込みます。
でもそのかげで、我が家の食事の野菜の種類は増え(粗食ですが・・)
毎日お弁当を作るようになりました。
出勤前に10分で作る超スピードお弁当、昨夜の残り物がメインです。

チンジャオロウスウに梅ちりごはん、でっかい卵焼きはデザート代わり。

1把100円で買った大根葉の炒め煮とあさりごはん。またもや卵焼きで
すきまふさぎ。

これ本日のお弁当。大根とこんにゃくと豚バラと蕗と隠元と卵の煮物、
アスパラ菜とベーコンのいためものです。
このところ、毎日お弁当持参でルンルンで出勤しております。
公開サイトの運営にかかわっています。
この仕事では、毎日いろんな学校の給食献立を見ています。
子どもの給食と言うなかれ!なんとシニア2人の我が家でも
作ってみたい献立です。
たとえば所沢市の5月11日の献立は「さよりの若草揚げ、
高野豆腐のそぼろ煮、かぶのピリッとサラダ、主食はあさりご飯」
朝霞市の5月26日の献立
「つみれ汁、鯵の天ぷら、若竹煮、ごはんとふりかけ、」
学校給食と言えば脱脂粉乳と鯨の竜田揚げと食パンしか記憶にない私。
今の給食は進化したものです。
学校給食の一般試食会があればすぐに参加してみたいと思うほどです。
毎月学校からエクセルで届く献立表を、サイトに入力しているのですが
使われている食材の種類の多さに驚きます。
5月は特に春野菜が多く使われています。
我が家の冷蔵庫の野菜室を見ては毎日「ウーム」と考え込みます。
でもそのかげで、我が家の食事の野菜の種類は増え(粗食ですが・・)
毎日お弁当を作るようになりました。
出勤前に10分で作る超スピードお弁当、昨夜の残り物がメインです。

チンジャオロウスウに梅ちりごはん、でっかい卵焼きはデザート代わり。

1把100円で買った大根葉の炒め煮とあさりごはん。またもや卵焼きで
すきまふさぎ。

これ本日のお弁当。大根とこんにゃくと豚バラと蕗と隠元と卵の煮物、
アスパラ菜とベーコンのいためものです。
このところ、毎日お弁当持参でルンルンで出勤しております。
自営業みたいに小さな会社、その上夫婦二人暮らし、孫もなし・・の 我が家にはゴールデンウイークは結局関係なし。 仕事の合間を見てはちょこちょこと友人や子どもたちと会って食事し、 ずっと気になっていた障子2枚張り替えたとことろで休みは終了です。 友人と銀座で待ち合わせ。 たくさんの人を見ながら、デパートに入る気力もなし。 ただひたすら、歩いて歩いて歩いて。 有楽町→銀座→東銀座→築地→ついに隅田川へ。 東銀座は解体前の歌舞伎座を記念撮影する人たちで歩道はいっぱい。 築地の本願寺ではXジャパンのヒデさんの13回忌の長蛇の列を 横目に歩く歩く。 隅田川では人がいないことを幸いに川に向かって「春」を一曲。 隅田川の水上バスに手を振ってUターン。 折角だからと築地の場外市場で、お寿司をつまみながら生ビール。 そのあとはまた地下鉄の駅まで歩いてなんと2万歩の散歩でした。 娘と食事 この間里帰りしたばかりの娘がまた電話。 「お母さん、ヒマ???」 「ハイハイ、母はヒマだけはありますよ。(お金はないけど)」 そこで駒込の六義園のつつじ見物へ。 ここは柳沢吉保が古今和歌集にでてくる和歌を庭園で再現したという風流な庭。 柳沢吉保は今は利権とわいろの権化みたいに言われているけれど 実は川越藩の城主、そこでは田畑の開拓を進めて多くの領民に 感謝されたのですよ。 改革を進めるにはお金がかかる・・・今もちっとも変っていませんねえ。 つつじはもう終わりかな。 そして最後はお決まりのタイ料理。 今年もたらたらと終わったゴールデンウイークでしたが ようやく張り替えた障子の白さがうれしい・・・。
ずっと「私には腹案があります。」と言い続けてきた鳩山さん。 ついにその腹案の一部が明らかになったらしい。 普天間の海兵隊を最大で1000人、徳之島へ移転するという案を 徳之島出身の衆議院議員に打診したらしい。 県外移転か海外移転か・・・ 今から35年も前の話、我が家の新婚旅行は徳之島だった。 「新婚旅行は海外にしてね。」という私の希望で夫が選んだ 新婚旅行の地は徳之島・・・。 海の外と言えば海の外。飛行機が海に向かって飛んだから・・ 当時の徳之島は素朴な自然の中の島だった。 夫は当時沖縄や奄美大島が大好きで、徳之島へも一度 行ってみたかったらしい。 しかも台風の後で寸断された島の道を、アンパンかじりながら 貸自転車でギコギコ回ったものだから泥だらけの筋肉痛。 なぜか下校途中の中学生の子どもたちが道端にずらっと並んで 「新婚さん、がんばって〜!!」と応援してくれた・・・。 けれど、私はいまだにしつこく夫を責める。 「徳之島は海外ではなく国内だった・・私は騙された」 そして今回鳩山さんにも騙された。 腹案どころか笑ってしまう腹芸。 県外、海外というのは徳之島のこと???? のらりくらりのこの態度にアメリカも堪忍袋の緒が切れたらしい。 「日本を切り捨て」ともいわれているらしい。 鳩山さんは、なぜ自信たっぷりに5月末に時間を区切ってしまったのか・・・ でもちょっと待ってほしい。 国中が鳩山さんを責めているけれど、これは海兵隊をどこにやるかと いう問題ではなく日本に基地がいるのか、アメリカとの安全保障条約(安保)が 日本にとって必要かどうかという国民みんなで根本的な議論が 必要なのではないかと感じる。 ノーベル平和賞をもらった佐藤さんが実は内緒で「核持ち込みを 許していた」という恐ろしい話。 「思いやり予算」という名目で莫大な費用がアメリカに流れている話。 それらをきっちり国民に説明しない限り、話はまたまたうやむやのまま。 今から40年前「安保反対!」とデモ隊に加わった私だけれど 本当は何が何だかわからないまま、友人に誘われたという理由だけ。 でも、40年たって「ああ・・こういうことだったのか」とようやく 少し見えてきた。 徳之島の歴史について、いろいろ調べていたら「徳之島じじとばばの日記」という ブログを見つけた。 ちょうど私たちと同じ年代の夫婦が書いている。 徳之島の人たちの熱い気持ちを感じると、何もしない自分が ひりひ ...
またまたブログを休んでおりました。
「具合でも悪いのでは??」とご心配のメールをいただきました。
すいませ〜ん。
このところ、大きな仕事の締め切りが近づき、そのうえ会社の決算が
重なり夜中までパソコンに向かっておりました。
流石に目が疲れて、ショボショボしてかすんできます。
そのうち、あれ?

白い壁や、空を見上げると黒い糸くずがビラビラ。
そう目の網膜の老化でおきる飛蚊症です。
蚊が一匹、蚊が2匹・・・すでに私の目の中は5,6匹の蚊が飛び回っています。
昨日、ギクッとする事件が起きました。
視野の真ん中が丸く白くぼやけて見えるのです。

ついに、きたか・・・白内障・・・
パソコン用のメガネを外してため息。
ドキドキしながらそーっと片目ずつであたりを見回すと・・おや不思議
なんでもない・・
メガネをジーット見ると・・原因は!
3時のおやつに食べたシュークリームの生クリームが
メガネの真ん中に。
きっと手についた生クリームに気付かず、メガネにさわったのでしょう。
目の老化というよりも・・頭の老化・・・
誰にもいえずクククッと一人笑い。
「具合でも悪いのでは??」とご心配のメールをいただきました。
すいませ〜ん。
このところ、大きな仕事の締め切りが近づき、そのうえ会社の決算が
重なり夜中までパソコンに向かっておりました。
流石に目が疲れて、ショボショボしてかすんできます。
そのうち、あれ?

白い壁や、空を見上げると黒い糸くずがビラビラ。
そう目の網膜の老化でおきる飛蚊症です。
蚊が一匹、蚊が2匹・・・すでに私の目の中は5,6匹の蚊が飛び回っています。
昨日、ギクッとする事件が起きました。
視野の真ん中が丸く白くぼやけて見えるのです。

ついに、きたか・・・白内障・・・
パソコン用のメガネを外してため息。
ドキドキしながらそーっと片目ずつであたりを見回すと・・おや不思議
なんでもない・・
メガネをジーット見ると・・原因は!
3時のおやつに食べたシュークリームの生クリームが
メガネの真ん中に。
きっと手についた生クリームに気付かず、メガネにさわったのでしょう。
目の老化というよりも・・頭の老化・・・
誰にもいえずクククッと一人笑い。
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