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link 石匠風間ブログ〜よしろコラム〜 石匠風間ブログ〜よしろコラム〜 (2017-9-23 17:03:43)

現在データベースには 644 件のデータが登録されています。

feed テニスやってみて (2017-9-19 17:51:01)
最近夫婦でテニスやってるのです。 まず、末っ子が大学のテニスサークルに入り相手する事態になりました。 ぼくもテニスサークル入ってたのですが、長いブランクを経た今まともにプレイできるとは到底思えず、それどころか間違いなく怪我するんじゃないかと心配でした。 ダッシュしたりせず足腰に優しくやれば大丈夫かなとコートに立ったわけです。 アキレス腱切ったりしたらバカバカしいし。 しかし、玉が飛んでくると条件反射的に飛びついちゃいますね、パブロフの犬状態です。 で、1時間だけやってみたら、あれ?思ったよりできるなと。 もちろんポワ〜ンと山なりに返すのがやっとなのだけど、それなりにラリーも続くし、そうなると俄然面白くなるってもんです。 そんなわけで夫婦テニス週一でやってます、ウォーキングより面白いのは確か。寒くなったらやめそうだけどw とりあえずサーブもできないしボレーもおぼつかないので他所様とやろうとは思えません、もうちょっとまともにならないと。 って、なにせ若者と違って上達意欲に欠けてるのですよね、走り回って汗かいてそれで満足しちゃうので、これはおそらく下手のままかもしれません。それでもいいじゃん!と思う自分を感じるのできっとこのままでしょう。 先日も隣のコートではうまい小学生が「ビシッビシ」鋭い球筋を魅せつけてくれましたが、我々は「ポワ〜ン」です。 それを恥ずかしいとも悔しいとも思わないところが初老ですね。 いや逆にね、そんな達観した心持ちなら悪くないんじゃないかと、年取るのも。

feed lLINEグループ (2017-9-13 18:02:23)
最近、といっても春頃からかな、LINEグループがとても活況です。 昔で言うチャットのようなシステムですが、より使いやすくその上センスよく作られてて。 数年前からいくつかあったのだけど、何かのイベントに際して一瞬盛り上がってその後は閑古鳥というのがパターンだったのがイベントに関係なく続くのは、しかもいくつか複数でトークが盛んで。 ぼくの場合、四月の同窓会のインパクトは相当デカくて、その後クラスのグループトークが続いてます。 あとはPTAの各種も無くなりそうでなくならないw この手のネット上のコミュニケーションがこれだけ活況ということは若い世代ではもっと盛り上がってるのかも。 つまり今まさに人との関わり方がドラスティックに変化している最中なのかもしれません。 そのことを良いとか悪いとか論じてもあまり意味が無いのかもしれません、現在のインターネットを否定したって無くなるものじゃないし車やエアコンがある社会ってのと同じ話ですね。文化は良いことも悪いことも内包しながら我々の生活を変えていき、抗っても無意味になるのでしょう。 やがて人と対話をすることはネットを通じることが当たり前になり、面と向かうということが特殊になっていったりして。 もうそうなってくと我々昭和世代は文明の利器に置いてかれる運命にあるのだから社会のなかで脇役になっていったり。 時代とともに世の中は変わるわけで、それはこれまでも同様であったのでしょうが、しかしそのスピードは今までにない苛烈なもののように感じてしまいます。 そう感じてる時点で古い人間なのでしょうか。 10年後、20年後、いったいどんな社会が現れているのでしょう?

feed 『すばらしい新世界』オルダス・ハクスリー (2017-9-6 9:22:58)
内容(「BOOK」データベースより) 西暦2540年。人間の工場生産と条件付け教育、フリーセックスの奨励、快楽薬の配給によって、人類は不満と無縁の安定社会を築いていた。だが、時代の異端児たちと未開社会から来たジョンは、世界に疑問を抱き始め…驚くべき洞察力で描かれた、ディストピア小説の決定版! ディストピア小説の名著だというので書店で衝動買い。 のっけから理屈っぽい科学の説明が続き、それが逆に心地良いのはSFマニアに染まってきてるのかな。 驚いたのは本作1932年の発表!おいおいアポロも月に行ってない時代のSFかい。それでこの水準、恐るべき想像力。 生きていく上で起こりうる諸々の問題を元からシャットアウト、あるいは不安要素を根こそぎ無くしてしまうとしたらこういう社会になるのでしょう。それを素晴らしい世界と思うのも面白みのない世界と嫌うのもどちらも自然な反応な気がします。 未開人のジョンは不自然な間違った世の中であると抵抗するのですが、考えてみると現時点の現実社会でも未開人が高度文明化された都会に住まわされたら同様な反応を示すのかも。つまりこれはすでに現実に起こりうること。 人類は文明を進化させることで、より便利により生きやすい社会を目指しており、それ自体自然な流れ、殆どの人は抗わないしそういう意味ではこの本の内容は半ば実現しているという見方もできそうです。 それを「不幸なこと」と言ってもナンセンスなのだろうし、科学を発展させ便利を追求するってのは人類の存在意義となっている以上止め用がないし。 もうすでに自動運転車は普及を目前にしている、家事など手作業は様々大きく自動化されこのまま突き進むと人間の存在ってどんどん重みをなくしていくような気がします。 そんなこんなをつらつらと考えるそのきっかけになったとしたら有意義な読書でした。

feed また同窓会 (2017-8-27 9:41:56)
四月にやったばかりなのに、また高校の同窓会! もちろん訳があります。 四月に開催された時は学年同窓会で10クラス全体が集まり、当然3ン年生のクラスが単位となってました。そのとき顔を合わせた1年生クラスが十分な接触を持てなかったためか徐々に集合欲に駆り立てられたのでしょう。 当然横浜での開催ってことで本来躊躇するところですが、タイミングよくその日はポケモンGOのイベントがみなとみらいで開催中! 一挙両得を狙って参加してきました。 正直1年のクラスなんて顔を合わせても誰だかわかんないようなレベルなのですが、10人ちょっとという少人数が幸いしたか、むちゃくちゃ面白かった。前回同様話しているうちに掘り起こされる記憶も多く、また少し脳細胞が活性化したようです。 今回はお盆中、昼間開催、みなとみらいのワールドポーターズ屋上にてバーベキュー、食材を持ち込んで大空の下で心地よく安上がりに行えました。 前から思ってたことだけど、最近特に強く思うのです、人間は結局誰かと関わること=コミュニケーションこそが生きる目的なのかもな、と。こういった機会にきっちり前向きにコミットしていくことはまさしく人生を豊かにするのではないかと考えます。 会話の中心はどうしても女子で、話題も化粧品やら料理やらぼくの苦手な分野です。若い頃だったらそっぽ向いてたかも。ここが歳を重ねたことのメリットでしょうか、大抵のことには耐え忍ぶ姿勢を保てるように。むしろ話題に自ら入って楽しめるようになったように思えます。おっさんライフ、悪くないですよ。 ちなみにポケモンも最後の1匹「アンノーン」ゲットして国内ポケモンすべて確保完了です。 震えるほどの充実感をみなとみらいで味わったのでした。

feed 『君の膵臓を食べたい』住野よる (2017-8-20 9:23:52)
内容紹介 偶然、僕が病院で拾った1冊の文庫本。タイトルは「共病文庫」。それはクラスメイトである山内桜良が綴っていた秘密の日記帳だった。そこには、彼女の余命が膵臓の病気により、もういくばくもないと書かれていて――。 病を患う彼女にさえ平等につきつけられる残酷な現実。【名前のない僕】と【日常のない彼女】が紡ぐ、終わりから始まる物語。 全ての予想を裏切る結末まで、一気読み必至! これが存外に面白かった。 映画化もされよく売れてるみたいで、買わずとも貸してくれた。でなきゃ恋愛小説を手に取ることはないのだけど。 不治の病と高校生活ってのは、ありがちな設定だなあと少し斜に構えて読んでたのだけど、文章がなかなか巧みで楽しませてくれるし、一気読みはしなかったがしたくなる気持ちもわかるというもの。 「こんなませた高校生いねーよ」とか毒づきながら、それでもキャラの魅力に抗えず読み進んでクライマックス泣かせどころ、泣かせようと企んで書いてるよなと思いながらもわかっていてもきっちり泣かされますw この物語は文章の力を存分に発揮した小説だと思います、映画化しても面白くなるか疑問。 やはり文章の秘めた力って想定外の影響力を持っているのではないか、と素直に感じた一冊です。

feed また久々にA.I. (2017-8-15 11:03:34)
先日BSで映画『マトリックス』を久しぶりに見ました。 20年前の映画、さすがにそろそろ古さが臭ってきましたが、あの映画はアメリカンコミックのような「かっこよさ」を楽しむものであって、こんがらがって複雑なストーリーは結構どうでもいいのです。 いや、どうでもいいというより「機械対人間」設定自体が古さを感じるのかな。 以前にも書いたけど、もしA.I.が世界を支配するならあんな下手なしつらえにはしないってことです。 人類が何を求め何を嫌い、どういう状況で反旗を翻すか、なんてことはA.I.には自明の理でしょう。だったら人類のプライドを傷つけず心理的に満足させながら上手に管理するなんてことは朝飯前では。 というかそもそも支配なんてするのか? 支配欲とか出世欲、いわゆる欲望って人間独自のものであってそれまで機械に当てはめるのは擬人化しすぎじゃないか。 ぼくは人間とA.I.の融合が進んでいくのみと思ってます。 科学の進歩、文明の発展は人間のピュアな欲望が原点となっているわけで、機械たちはたとえ意識を持ったとしてもそこは冷静に、無の境地で与えられたあるいは生み出されたコマンドを淡々とこなしていく、ってな感じ。 実際現代人のスマホ依存の姿って融合の始まりじゃないかな。 知識・記憶をスマホなど外部に任せることで確実に我々自身の知見・記憶力は衰えていってるし、今後もっと進むでしょう。やがてスマホのような形ある媒体じゃなくナノボットのような目に見えないA.Iに取って代わられ、指一本動かさずにコミュニケーションも検索も学習もできるようになるのでは。 高度に政治的な判断だってすでにA.I.のほうが優れてるのでは無いかと思います、というかもう任せてるかもしれないしね。 いま、世界中の科学者・権威者などがA.Iの脅威を訴えています。人類の宝と言われるS.ホーキング博士なども言っているからもしかしたらそれは正しいのかもしれない、けど今更A.Iなしの生活に戻れないわけだしね、その前に環境破壊など喫緊の課題山積状態でA.Iの開発やめろって言われても無理があるってものだと思うのです。

feed 『闇が落ちる前に、もう一度』山本弘 (2017-8-3 16:09:58)
内容(「BOOK」データベースより) この宇宙はどうして生まれたのか?宇宙の果てはどうなっているのか?“宇宙の本当の姿”を追い求め、ある独創的な理論に到達した宇宙物理学者。しかしこの理論に従うと、宇宙の寿命はわずか17日間ほどでしかなくなる。バカバカしいまでの理論の誤りを証明するために、彼は大がかりな実験を始めたのだが…。表題作のほか4編を収録。 そして本格派SF&ホラー。やっぱこれ!というSFを書いてくれるのが山本弘。 なにが本格なのか、SFに求めるもの人によって個人差の大きい議論だろうが、ぼく個人は「難しすぎず、出鱈目すぎず」というバランスの良さ、それでいてストーリーとしての意外性とか盛り込んであって充実感を味わえるわけです。 様々な現代宇宙物理の仮説などをベースにしてるから読み終わってもしばらく考えてみたりして、それは一様ではない広がりを持った読書の楽しみとも言えるのでは。 SFだけでなくホラーにおいても想像力豊かな展開、普段読まない人でも読みやすいのじゃないかと思います。 あるいはガチなSFファンには物足りないのかな? なんとなく昭和の臭いもする本作、ぼくはこれくらいがいいなと。 グレッグ・イーガンのような最先端だと若干ついてけない感が残っていけない、こうして最先端を噛み砕いて表現してくれるような作家はありがたいということです。

feed 今年の定演! (2017-7-28 9:03:44)
今年も深谷シティ・フィルハーモニー管弦楽団、定期演奏会を予定しております。 日時:10/22(日)13:30〜 場所:深谷文化会館大ホール 内容は以下のとおり。 1.スッペ『軽騎兵序曲』 小学校で習うから大抵ご存知だと思います。軽快で完結でとっつきやすさNo.1です。 2.プロコフィエフ 交響的物語『ピーターと狼』 これもテーマフレーズは聴いたことあるでしょう。物語をナレーションしてる合間に音楽が情景を奏でます。子供向けクラシックかな。効果音みたいな演奏が多いので簡単そうに聴こえて弾く方はなかなか難しいです。オーケストラ演奏のが見つからなかったのでMidi演奏です。 3.ドボルザーク 交響曲第8番 とりあえずわかりやすい第3楽章を載せました。惜しいですね個人的には「第9番」つまり「新世界より」を押したのですが、過去に演奏済みってことで8番になりました。知らなかったけど地味に名曲です。まあドボルザークなんでハズレはないですね。 以上のラインナップ、プラスアンコール曲でお送りします。 クラシックの生演奏って、深谷じゃなかなか経験できないでしょ、お時間あったら是非。

feed 『アキラとあきら』池井戸潤 (2017-7-20 17:32:14)
内容(「BOOK」データベースより) 零細工場の息子・山崎瑛と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった―。感動の青春巨篇。 久々池井戸潤、Wowwowでドラマ化されるタイミングで読みました。 題名からしてジェフリー・アーチャーの『ケインとアベル』みたいな、あるいは司馬遼太郎の『項羽と劉邦』みたいな背景の違う似たもの同士が熾烈な戦いを繰り広げるかと期待しましたが、ちょっと違う展開、相変わらず題名つけが下手な作家だw いや、誤解しないでください、企業小説として読み応えあります面白いです。分厚い本ですが飽きないのですぐ読めます、ページを捲る手が止まりません。 問題はせっかく貧乏人と御曹司の才覚ある若者が育っていくまでを描き、さあ戦いだ!と期待したら・・・ネタバレは止します。 なにしろこの作品にこの題名はないだろ?って感想です。しかも途中からアキラのひとりあまり出てこないってw いやいや、違うんです、面白いんですよ。しかし引っかかるのが題名。大したことじゃないか。 思えば半沢直樹の原作『俺達花のバブル組』ってのもふざけた題名だった、気にするところじゃないかもだけど、ぼくはそういう粘着質の人間なのです。

feed 大相撲名古屋場所 (2017-7-13 16:52:14)
が始まりました。 稀勢の里はやはり怪我が響いて調子悪そうです、心配ですね。 新大関高安も初日こそ不覚を取ったもののさほど調子は悪くなさそうです、大いに暴れてほしいものです。 宇良や嘉風も好調だし、正代も相変わらずセンスの良い身のこなししてるし、楽しめそうです。 4日目(水曜)には将棋の藤井聡太四段が客席に現れてちょっと騒然となってる様子が面白かった、お客がみんな土俵見てないんだもんw さて、それにしてもすでに怪我による休場力士が複数出てますが、稀勢の里もあるいは途中休場ありえますが、休場しない力士にしたって手足のどこかしらにサポータを巻いてたり生傷の絶えない競技であるのはいまさら言うまでもないですが、それにしても怪我が多すぎやしないか?ってことです。 年間六場所の本割の合間には地方巡業がびっしり詰まっていて傷を癒やす間もないってことなのでしょうが、このままでよいのか?稀勢の里にしたって傷を完治させて実力を見せて欲しいとはだれでも思うでしょ。 休めば地位が落ちていくのは仕方ないでしょうが、年間の行事をもう少し減らせないのだろうかと素朴に感じます。 怪我で実力が出せないって、とても残念です。 行事を減らせば収入も経るのでしょうが、目先の利益より長期的視野で力士のコンディションを考えて戦略的な興行を組んでもいいのではないかと素人ながら思ってしまいます。 もちろんそんなことは長年携わっている人達が考えた上で今の形なのだろうけど、多少の無理を通さなきゃいけない部分もあろうけど、あのサポータだらけの力士の姿ってぼくはあまり気分がイイものではないので。 大相撲の将来行く末を憂うのも相撲ファンの楽しみだったりするんですが。

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